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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

藤原は自分のモデル事務所を四つ、高級レストランを7つ経営している、四十六歳の、やり手だった。藤原の仕事柄、倫はファッション業界でも、裏の顔として有名だった。藤原が倫を自慢気に連れ回すからだった。皆、倫を藤原の付き人、つまりこの業界では恋人だということは、百も承知の上で、倫も暗黙の了解の上で、藤原の仕事の邪魔をしたくなかったので、藤原の仕事関係者とは関係を持たなかった。しかしモデル達は頭が悪い人間が多く、倫にしつこく接近した。目に余るようだと社長の藤原がモデル達を追い払った。「一度でいいから食べたい」そんな言葉が倫の間を飛び交った。倫は誘いを受ける度、
「社長に怒られますので…」と、ピンと伸びた背筋、品のある口ぶりで、優しく微笑んだ。ファッション業界に入り浸っているうちに、倫のセンスはどんどん磨かれて行った。初めは藤原といる時だけきちんとした格好でいればいいと思っていたのが、今ではそうでないと落ち着かなくなってきた。

ある夜、藤原のマンションに突然行くと、藤原は外出中のようだった。倫はよく知った藤原のベッドでくつろいで待つことにした。藤原は十分程で帰ってきた。カチャリと玄関ドアが開く音がすると、倫はとんでいった。

バサッと大きな音がして藤原の顔よりもまず先に、玄関から入ってきたのは、百本の赤い薔薇の花束だった。藤原は右手に花束を抱え、左手にシャンパンを持って入ってきた。そして満面の笑みで倫に言った。
「倫、誕生日、おめでとう!」12月の寒い日だった。倫は藤原と付き合って二年近くが経とうとしていた。

倫、十九歳の冬だった。

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