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たまゆらの棘

第2章 燃ゆる日々

ある昼下がり、倫はトマトのパスタを作っていた。
「藤原!出来たぞ!」倫は何気に今回は自信作であった。新鮮なバジルをパスタの上に散らした。藤原に教わったドレッシングでサラダを作ったし、パスタはアルデンテだ。これで今度こそ藤原を満足させると倫は意気込んだ。料理を作る事はもう、倫の中である種、楽しみになっていた。テーブルを作っていると、隣の部屋でテレビを見ている藤原が言った。「倫、日本舞踊の花柳綾乃千華だってさ。見るか?」
「え?」倫は耳を疑った。急いでテレビの前に行くと、そこには懐かしい師匠の顔があった。
『では、三年前の花柳綾乃千華さんの連獅子です。これはお弟子さんと踊ってらっしゃいます。』テレビからは懐かしい音が響いた。こどもの頃からの懐かしい笛と鼓の音…そして真っ赤な頭の獅子が二人、かぶりを振る舞は圧巻だった。
く…くく…倫は声を押し殺して泣いていた。一緒に見ていた藤原はびっくりして倫の肩を抱いた。「どうした?…倫。ごめん。何か思い出したか?」「…違う。子獅子…この魂綺 倫って…俺のこと。…これ…俺だよ。」
「え?!」藤原は心の底から驚いた。倫にこんなにも才能があった少年時代があったことに。「倫…」くっ…く…と男泣きする倫を抱き締めることも出来なかった。倫の悔しさが伝わり過ぎていたのだ。一緒に赤い頭を振るテレビの中の倫を見た。師匠の十周年記念番組だった。番組は師匠の最近の踊りで終わり、下らないCMが流れ出した。動けない倫に、藤原は言った。「…倫。食べよう。お前が作ったパスタ。」倫は涙を拭い、声を出さずに頷いた。(終わったんだ。あの時に。俺の人生は。)倫は悔しさの中に、あきらめの爽快さを見つけるのに必死だった。今は藤原がいる…倫は気を取り直して途中だったテーブルを作り始めた。

「倫。旨い。腕が上がったな。」藤原は旨そうに平らげて言った。「そうかな。」倫は静かに答えた。
胸の中には、まだ微かに雨が降っていたから。

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