激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第7章 第二話・其の参
あの日、狭い四畳半で差配が古道具屋で調達してきたという金屏風の前、美空と孝俊は晴れて夫婦となった。美空の白無垢は、新婦自らが縫ったものであった。質素な花嫁衣装ではあったが、眼が覚めるように美しく可憐な花嫁で、こんな娘を妻にすることができて、孝俊はこの上なく誇らしく嬉しく思ったものだった。
これで、もう惚れた女と人眼を忍んで逢う必要もない。二人で堂々と暮らせる、いつも美空の笑顔を間近で見ていられると思うと、心が弾むようだった。
そんな若い二人を徳平店の住人たちが微笑んで眺めていた。確かに金もないその日暮らしの者ばかりであったけれど、皆、心優しい人ばかりだった。
孝俊があの日の想い出に耽っていると、刹那、宥松院が声を荒げた。
「それでは、この私も申し上げます。殿がそこまで仰せられるならば、最早、忌憚なく我が意を申しましょう。殿があの女に顔向けならぬと仰せであれば、私は亡くなられし先代孝信公、更にここにおわします尾張藩歴代の藩主やご簾中に顔向けが立ちませぬ。町家の賤の女ごときに顔向けがならぬとは、何と嘆かわしい。あのように虫も殺さぬ楚々とした風情でありながら、あの女はどこまで厚かましいのやら。大方は、お閨で殿をいかようなる手段を講じても籠絡せんと致したのでありましょう。真、時代は変わっても、いつの世でも、下賤な女子はそのような殿方を誑かす手練手管には長けておりますからの」
最後の科白は、自分の母―父に愛されたおゆりの方のことを言っているのだとすぐに判った。
「ほんに、嘆かわしや。私は亡くなられた先代の殿に顔向けができませぬ。極楽の蓮のうてなで殿がいかほど嘆息されておわされるかを思うと、心痛みます」
よよと、わざとらしく泣き崩れる義母を、孝俊は冷たい眼で眺め下ろしていた。
孝俊は、狡猾な義母が対面の場に仏間を選んだ理由に思い至った。
要するに、父を初めとする歴代藩主の位牌の前で孝俊の不孝、不行跡を詰るためであったのだ。あるいは、祖先の御霊の前であれば、孝俊が意を翻し、宥松院の勧めるどこぞの姫を正室として迎えると思ったのだろう。
だが、孝俊の意思が変わることは未来永劫ないのだ。
これで、もう惚れた女と人眼を忍んで逢う必要もない。二人で堂々と暮らせる、いつも美空の笑顔を間近で見ていられると思うと、心が弾むようだった。
そんな若い二人を徳平店の住人たちが微笑んで眺めていた。確かに金もないその日暮らしの者ばかりであったけれど、皆、心優しい人ばかりだった。
孝俊があの日の想い出に耽っていると、刹那、宥松院が声を荒げた。
「それでは、この私も申し上げます。殿がそこまで仰せられるならば、最早、忌憚なく我が意を申しましょう。殿があの女に顔向けならぬと仰せであれば、私は亡くなられし先代孝信公、更にここにおわします尾張藩歴代の藩主やご簾中に顔向けが立ちませぬ。町家の賤の女ごときに顔向けがならぬとは、何と嘆かわしい。あのように虫も殺さぬ楚々とした風情でありながら、あの女はどこまで厚かましいのやら。大方は、お閨で殿をいかようなる手段を講じても籠絡せんと致したのでありましょう。真、時代は変わっても、いつの世でも、下賤な女子はそのような殿方を誑かす手練手管には長けておりますからの」
最後の科白は、自分の母―父に愛されたおゆりの方のことを言っているのだとすぐに判った。
「ほんに、嘆かわしや。私は亡くなられた先代の殿に顔向けができませぬ。極楽の蓮のうてなで殿がいかほど嘆息されておわされるかを思うと、心痛みます」
よよと、わざとらしく泣き崩れる義母を、孝俊は冷たい眼で眺め下ろしていた。
孝俊は、狡猾な義母が対面の場に仏間を選んだ理由に思い至った。
要するに、父を初めとする歴代藩主の位牌の前で孝俊の不孝、不行跡を詰るためであったのだ。あるいは、祖先の御霊の前であれば、孝俊が意を翻し、宥松院の勧めるどこぞの姫を正室として迎えると思ったのだろう。
だが、孝俊の意思が変わることは未来永劫ないのだ。