激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第7章 第二話・其の参
宥松院にとって、憎い女。良人の愛を奪い、独り占めにした憎んでも憎みきれぬ女―、この眼の前の小賢しき若造を生んだおゆりだった。おゆりは、黒鍬者の娘であったが、黒鍬者とは武士とはいえ、最下級の者で、尾張上では庭掃除など下男のするような賤しい仕事ばかりしていたのだ。
そんな女に、宥松院は良人の寵愛を奪われたのだ。あのときの屈辱、あのときの無念!
幾度、おゆりを殺してやりたいと願ったことだろう。おゆりが身ごもったと知った時、何度、腹の子が流れれば良いと思ったことだろう。
孝俊は、あの憎い女の息子なのだ。
「かつて子どもであった私に、お亡くなり遊ばされた兄上がこのように仰せでございました。国はひと握りの武士のためにあるのではない、ましてや藩主のためにあるのでもない、国とは民草のためにあるものであり、藩主とはまた、国の基盤となる民草のために働くものだと」
―良いか、孝太郎。藩主とはただ高みに座って、偉そうにしていれば良いのではない。もし、事が起こりしときは、自ら身を挺してでも国を、民を守るのが藩主の務めだ。
兄はまだ前髪立ちであった孝俊にそう言い聞かせた。
「そして、そのことをよく憶えておくようにとも仰せでした。兄上はいつもはるか未来を見ておられた。人の真価がけして生まれや身分で決まるものではないと信じておられました。たとえ義母上さまがどのように仰せであろうと、私は兄上のその尊いご遺志を受け継いで参る所存にございます。藩主一人のための政ではなく、民草のための政を致しとうございます。今の義母上のお言葉をもし兄上がお聞きになられたれば、いかに思し召されるでありましょう」
孝俊が真正面から宥松院を見つめる。
「ば、馬鹿な。あの子が、高晴どのがそのようなことを仰せられるはずがない。何を嘘偽りを申すか」
宥松院は衝撃と怒りに声を震わせた。
そんな義母を、孝俊は相変わらず静謐な眼で眺めている。
「祝言の日、私は大勢の人たちの前で、美空と生涯を共に連れ添うと誓いました。たとえ何があろうと、美空を妻とし、全力で守ると。もし、そのようなことを致せば、私は美空に顔向けができませぬ」
孝俊は、祝言の日のことを思い出しながら強い口調で言った。
そんな女に、宥松院は良人の寵愛を奪われたのだ。あのときの屈辱、あのときの無念!
幾度、おゆりを殺してやりたいと願ったことだろう。おゆりが身ごもったと知った時、何度、腹の子が流れれば良いと思ったことだろう。
孝俊は、あの憎い女の息子なのだ。
「かつて子どもであった私に、お亡くなり遊ばされた兄上がこのように仰せでございました。国はひと握りの武士のためにあるのではない、ましてや藩主のためにあるのでもない、国とは民草のためにあるものであり、藩主とはまた、国の基盤となる民草のために働くものだと」
―良いか、孝太郎。藩主とはただ高みに座って、偉そうにしていれば良いのではない。もし、事が起こりしときは、自ら身を挺してでも国を、民を守るのが藩主の務めだ。
兄はまだ前髪立ちであった孝俊にそう言い聞かせた。
「そして、そのことをよく憶えておくようにとも仰せでした。兄上はいつもはるか未来を見ておられた。人の真価がけして生まれや身分で決まるものではないと信じておられました。たとえ義母上さまがどのように仰せであろうと、私は兄上のその尊いご遺志を受け継いで参る所存にございます。藩主一人のための政ではなく、民草のための政を致しとうございます。今の義母上のお言葉をもし兄上がお聞きになられたれば、いかに思し召されるでありましょう」
孝俊が真正面から宥松院を見つめる。
「ば、馬鹿な。あの子が、高晴どのがそのようなことを仰せられるはずがない。何を嘘偽りを申すか」
宥松院は衝撃と怒りに声を震わせた。
そんな義母を、孝俊は相変わらず静謐な眼で眺めている。
「祝言の日、私は大勢の人たちの前で、美空と生涯を共に連れ添うと誓いました。たとえ何があろうと、美空を妻とし、全力で守ると。もし、そのようなことを致せば、私は美空に顔向けができませぬ」
孝俊は、祝言の日のことを思い出しながら強い口調で言った。