激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第7章 第二話・其の参
宥松院は息を呑んだ。
惚れた女を全力で守るときっぱりと言い切った孝俊がかつての良人の顔と重なった。
そう、この男は憎らしいほど良人に似ている。美男で知られた孝信の側にやはり美貌で知られたおゆりの方が並べば、それこそ一対の夫婦雛のようであった。それなのに、我が身ときたら、どうだろう。生来の膚の色はいつも彼女を苦しめてきた。せめて、この膚があの女のようにすべらかで、玉のように白ければ。何度、そう思ったことか。
あの女は死んで二十年以上経った今もなお、こうして繰り返し我が身を苦しめる。かつて良人の愛と関心を奪い、彼女を絶望と嫉妬の生き地獄へと突き落とした女の生んだ息子は、自分よりあの女を愛した良人瓜二つの顔で同じことを言うのだ。
―俺は、おゆり以外の女を欲しいとは思わぬ。
おゆりの方が孝信の寵愛を一身に集め、その勢力が強まることを怖れた宥松院が自分に仕える若い奥女中を孝信に勧めた時、孝信は彼女に直截に言った―。
すべてが、二十四年前と同じだった。
あまりの口惜しさに物も言えぬ宥松院に、孝俊が静かな声で言った。
「それに、今後、我が妻を愚弄することは、たとえ先代さまご簾中であられた方とて、この私が許さない。それだけは、どうかよくよくお心に留めておかれた方がよろしいかと存じます」
孝俊が立ち上がり、去ってゆく。
その秀麗な面には怒りの色はなく、ただひたすら憐れみの色があった。
一人残された宥松院は紅い唇を悔しげに戦慄かせた。
何という無念、何という口惜しさ。
あの女の息子に、ここまで良いように愚弄されるとは。
思えば、孝俊と宥松院は数奇な縁であった。
良人の愛を奪った女として憎み抜いたおゆりの方の生んだ倅。生母が亡くなったため、良人のたっての望みもあり、一歳のときに手許に引き取ったが、全くかわいげのない、子どもらしくない子だった。
彼女は、孝俊のあの眼が嫌いだ。まるで人の心を見透かすかのように透徹な瞳でじっと見据えられると、たまらない不快感と苛立ちを感じたものだ。
そのため、幼い孝俊を事ある毎に苛めた。
惚れた女を全力で守るときっぱりと言い切った孝俊がかつての良人の顔と重なった。
そう、この男は憎らしいほど良人に似ている。美男で知られた孝信の側にやはり美貌で知られたおゆりの方が並べば、それこそ一対の夫婦雛のようであった。それなのに、我が身ときたら、どうだろう。生来の膚の色はいつも彼女を苦しめてきた。せめて、この膚があの女のようにすべらかで、玉のように白ければ。何度、そう思ったことか。
あの女は死んで二十年以上経った今もなお、こうして繰り返し我が身を苦しめる。かつて良人の愛と関心を奪い、彼女を絶望と嫉妬の生き地獄へと突き落とした女の生んだ息子は、自分よりあの女を愛した良人瓜二つの顔で同じことを言うのだ。
―俺は、おゆり以外の女を欲しいとは思わぬ。
おゆりの方が孝信の寵愛を一身に集め、その勢力が強まることを怖れた宥松院が自分に仕える若い奥女中を孝信に勧めた時、孝信は彼女に直截に言った―。
すべてが、二十四年前と同じだった。
あまりの口惜しさに物も言えぬ宥松院に、孝俊が静かな声で言った。
「それに、今後、我が妻を愚弄することは、たとえ先代さまご簾中であられた方とて、この私が許さない。それだけは、どうかよくよくお心に留めておかれた方がよろしいかと存じます」
孝俊が立ち上がり、去ってゆく。
その秀麗な面には怒りの色はなく、ただひたすら憐れみの色があった。
一人残された宥松院は紅い唇を悔しげに戦慄かせた。
何という無念、何という口惜しさ。
あの女の息子に、ここまで良いように愚弄されるとは。
思えば、孝俊と宥松院は数奇な縁であった。
良人の愛を奪った女として憎み抜いたおゆりの方の生んだ倅。生母が亡くなったため、良人のたっての望みもあり、一歳のときに手許に引き取ったが、全くかわいげのない、子どもらしくない子だった。
彼女は、孝俊のあの眼が嫌いだ。まるで人の心を見透かすかのように透徹な瞳でじっと見据えられると、たまらない不快感と苛立ちを感じたものだ。
そのため、幼い孝俊を事ある毎に苛めた。