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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第8章 第二話・其の四

     《其の四》 

 美空はその日以降、自室に籠もりきりになった。毎日、障子戸を開け放ち、縁近くに座り庭を眺めるともなしに眺めている。幸いにも、まだ霜月上旬で昼間は温かい日が続いたため、障子戸を開けること自体には問題はなかった。しかし、お付きの智島は美空の心を案じた。
 まるで魂のさまよい出た抜け殻のようにボウとしたまなざしを庭に投げたまま、一刻どころか半日でも、一日でもずっと同じ場所に座り続けているのだ。美空の周囲には、さながら蒼白い悲愴感のようなものが漂っているように見えた。
 午睡から目覚めた徳千代が乳母に連れられてきても、腕に抱きはするけれど、心ここにあらずといった様子だ。これまで徳千代と共に過ごす刻が美空にとっては最も心和む時間であった。それなのに、我が子と過ごす刻でさえ、美空の顔から淋しげな微笑が消えることはなかった。
 哀しみと諦観の間で揺れ動く心を抱え、美空は烈しい葛藤の狭間にいたのだ。
 孝俊を好きだと思う心、大切だと思う心。
 惚れた男が他の女に微笑みかけている姿など見たくはない、孝俊にいつまでも我が身一人だけを見ていて欲しいと願う心。
 その相反する二つの心が美空を苛んでいる。
 孝俊も閨で顔を合わせた際、美空がどこか沈みがちなのに気付いていた。どうしたのだと問いかけても、美空はいつものように微笑んでいるだけで、何も応えない。だが、無理に空元気を装っていることはすぐに判った。
 何とかしてやらなければと思いながらも、政務の忙しさに気を取られている中に、日は過ぎゆく。
 唐橋の来訪から更に十日を経たある日の昼下がり、美空は常のごとく縁先に座っていた。
 山中に自生することの多い烏瓜が何ゆえ、尾張家のそれも奥庭に植わっているのかは定かではないけれど、美空の最近の居場所となったここから、烏瓜がよく見える。艶やかに色づいた烏瓜を見ていると、不思議と心が落ち着くのだ。最初見たときは秋の物哀しさ、侘びしさを象徴するかのように思えた烏瓜だが、見慣れると、妙な愛着が湧いてくる。

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