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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第4章 其の四

「孝太郎さんのおとっつぁんがお亡くなりなすった―」
 親の死は子にとって重大事である。良人の衝撃も当然のことだと、美空は納得した。常にない顔色の悪しきも、そのせいに相違ないと。
「親父が死んだら、俺は家に戻って跡目を継ぐ約束だった。約束を違(たが)えることはできねえ、俺は家に戻る」
「―」
 美空は、咄嗟に言葉を失う。
 そうか、そういうことだったのかと、すべてが辻褄の合うような気がした。
 家族のこと、自分の生まれ育った境遇や両親、それら一切を孝太郎が自ら話さなかったのは、こういうことだったのかと、合点がゆくように思えたのだ。
 恐らく、孝太郎は家業―小さな小間物屋を実家は営んでいるとは聞かされていた―を継ぐことに抵抗を感じていたのではないか。だからこそ、実家や家業にまつわることすべてを排除していたのだろう。
 そう思えば、彼がそういった彼自身にこれまで拘わってきたことすべてに敢えて触れようとしなかったことにも頷けるというものだ。
 孝太郎は、父親にもしものことがあるまでは家に戻らないと宣言していた。だが、その自由は期限つきのものだった。そして、父親が死んだ。となれば、彼は約束どおり、家に戻って家業を継がねばならない。それがたとえ、不本意なものであるとしても。
 美空は、良人の数少ない言葉の断片から、今の状況をそのように理解した。
 しかし、次の瞬間、孝太郎が彼女に告げた言葉はあまりにも想像の限界を逸脱したものであった。
「お前には申し訳ねえが、俺は今まで自分の身分を偽っていた。俺の真の名は勇(よし)俊(とし)という。実家は小間物屋なんかじゃねえ、れきとした武家だ」
「お前さんの家がお武家さま」
 美空は愕きに打ちのめされ、まばたきさえ忘れていた。そんな美空に、孝太郎の口から次々と繰り出される言葉が更に容赦ない追い打ちをかける。

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