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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第4章 其の四

 下手をすれば、馬に当たって撥ね飛ばされ、死んでいたかもしれない―、流石にそう言われたとは孝太郎は告げられなかった。
 孝太郎が庇った子どもはかすり傷一つなく、町人町でも名の知られた紅白粉問屋の倅であるその子どもの両親は孝太郎に泣いて礼を言った。
―私には、この男でなければ駄目。
 今更ながらに思わずにはいられない。
 もし、不運にも孝太郎が馬の蹄に当たっていたらと考えただけで、美空は怖ろしさに身震いした。
 そう、どうして忘れていたのだろう。
 半月前、孝太郎の子を宿したと知った日、美空は他ならぬ孝太郎に言ったはず。
―私には、あなたがずっと傍にいて、あなたの顔をこうして毎日見ていられる―そのことがいちばんの幸せなんだから。
 そう、美空にとっての幸せとは、いつでもずっと孝太郎の、この男の傍にいられることなのだ。たとえ孝太郎がどこの誰であろうが、何者であろうが構いはしない。孝太郎のいる場所が、自分のいるべき場所なのだから。
 溢れる想いを込めて美空は孝太郎を見つめた。
「こんな私だけれど、これからもずっと傍にいさせて下さい」
 ひと言、ひと言、ゆっくりと噛みしめるように言う。
「美空―。お前、俺についてきてくれるのか?」
 刹那、孝太郎の顔が歓びに輝いた。
 孝太郎に引き寄せられるまま、美空は良人の腕にすっぽりと包み込まれる。孝太郎に抱かれていると、親鳥に守られた雛のように居心地が良い。それなのに自分はどうして、この安らげるたった一つの居場所を手放そうとしたりしたのだろう。自分には、この人しかいないというのに。
「もう二度と俺の傍から離れるなんて言うな」
 孝太郎の声が耳許で囁く。
 美空は良人の胸に埋(うず)めていた顔を持ち上げ、背伸びするような格好で見上げる。
 孝太郎の眼を見つめながら、ゆっくりと言う。
「小さな子どもを庇って暴れ馬の前に飛び出すなんていかにもあなたらしいけど、もう二度とこんな無茶はしないで下さいね」
「判った、これからは気をつけるとしよう」
 孝太郎が笑いながら応えると、美空は微笑んだ。

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