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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 浄蓮がぼんやりと移りゆく町並みや人を眺めてそんなことを考えていると、耳許を準基の声がかすめた。
「大丈夫? 馬は怖くない? どう見ても、乗馬は初めてではないようだけど」
 その声のあまりの近さに我に返り、鼓動が跳ねた。
「大丈夫です。こう見えても、馬には何度も乗ってますから」
 極度の緊張で、声がつい固くなってしまう。煩い鼓動が準基にまで聞こえてしまうのではないかと思うと、余計に頬が熱くなる。
「―浄蓮は両班の出身だと聞いたが、本当なのか?」
 何げなく問われ、浄蓮は少しの逡巡を見せて頷いた。
 今更隠しても、意味のないことだ。
 そこで、仕方なくいつも誰にでもしているお決まりの作り話をした。
「両班といっても、父はしがない下級役人でした。お金持ちの商人の方がよほど私たちより良い暮らしをしていたでしょう」
「父御は亡くなられたのか?」
 ええ、と、浄蓮は頷いた。
 優しかった父、誰よりも国王殿下に忠誠を誓っていた父。王さまのために生命を差し出せと命じられれば、歓んで生命も差し出す人だった。
「父が大の馬好きだったものですから、私も幼い頃より馬には親しんでおりました」
「それゆえ、馬には乗り慣れておるのだな」
 準基は納得したように言い、それ以上、深くは訊ねなかった。そのことに、浄蓮はどこかでホッとした。
 好きな男にできれば必要以上の嘘は言いたくない。準基の方は、多分、思い出したくないこと、話したくないことだと思って、それ以上の質問を控えてくれたのだろう。
 幾ら自ら志願したとはいえ、両班の娘が妓房で下働きをするまで落ちぶれたのだ―、そこに至るまでの事情など、堕ちた当人にとって他人に語りたがる内容であるはずがなかった。

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