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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

「その娘の流した涙がたくさんの蓮の花になった―と、この辺りでは語り継がれているそうだよ。むろん、涙が花になったというのは伝説だろうが、現実にこの地方に両班が住んでいて、その娘が求婚者たちの争いに巻き込まれて死んだのは本当らしい。このたくさんの蓮は、実は、自害した娘の父親である両班が若くして逝った娘を憐れんで供養のために植えさせたと聞いている」
 準基は静かに語り終えた。
「それで、天上苑と呼ぶようになったのですね」
「父親は掌中の玉と愛でていた娘の魂がせめて極楽で安らかに眠ることを願ったのだろう」
 美しいけれど、あまりにも哀しい話だ。
「何故、蓮の花は濁った泥の中から、このように美しい花を咲かせられるのだろう」
 清かな風が水面を渡ってゆく。
 風が吹く度に、薄紅の花がかすかにそよぐ。
 準基はわずかに眼を細めた。 
「濁世に開いた一輪の名花。まるで、そなたのようだ」
 浄連は、咄嗟に返すべき言葉を持たなかった。こんな科白は、口にする人間によっては、酷く浮ついたものに聞こえる。浄蓮だって、準基が言ったのでなければ、単に女心を甘い科白でくすぐり、気を引こうとする男の手管だと信じて疑わなかったろう。
 だが、準基が言うと、不思議に厭味ではない。むろん、浄蓮はこの過分とも思える褒め言葉を額面どおり受け取るほどの世間知らずではない。
 それでも、準基が自分をそのように見ていてくれるのだと思えば、素直に歓びを感じた。
「難しいお話は、女の私には判りません」
 浄蓮は準基を見上げ、いかにも純真な少女のふりをして小首を傾げた。
 準基は彼女が眩しいものでもあるかのように見つめ、笑った。

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