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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 七年前のあの日、父を、母や兄を失ったあの日から、ひたすら世の中を恨み続けてきた自分の醜い心の澱が今、浄化されてゆく。
 いつしか浄蓮の頬を涙が流れて落ちていた。
「本当に良いものを見せて頂きました。若さま、ありがとうございます」
 準基が淡く微笑んだ。
「そなたが天上の楽園だと感じたのも、当然といえば当然だ。この辺り一帯を昔から〝天上苑〟と呼ぶそうだよ」
「天上苑―」
 美しい響きの名だ。ふと興味を引かれて、浄蓮は訊ねた。
「何か謂われのある名前なのでしょうか?」
 準基は少し思案する素振りを見せた。
「真かどうかは知らないが、伝説があると聞いた」
「伝説?」
「はるか昔、ここに両班が住んでいたそうだ。若い頃は中央の役人も務めたことのあるほどの人物だったが、隠居してから、ここに隠棲していた。その男には、美しい一人の娘がいたという」
 その娘は男が歳を経てから授かった一人娘で、父親はたいそう可愛がっていた。辺鄙な場所に暮らしていても、娘の美貌と才知は都まで届き、大勢の求婚者が毎日、ひきもきらなかった。
 ある時、そんな求婚者たちの間で諍いが起きた。むろん、娘をめぐっての争いだ。二人の若い男は互いに兄弟のように親しく付き合ってきた幼なじみであったが、烈しく燃え盛る恋の焔の前では、友情も脆かった。
 娘はどちらの男をも憎からず思っていた。憐れにも、娘はどちらか一方を選ぶこともできず、自分のために仲の良かった男たちが相争うのを哀しんで、自ら背後の山に分け入って生命を絶ったという。

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