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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第2章 麗しの蓮の姫

 あの状況であれば、誰もが申家と拘わり合うまいとするのは当然であった。
 事実、皇氏だけではなく、他の大勢の懇意にしていた両班たち、親戚までもが皇氏と同様に申家を無視したのだ。あながち、皇才偉だけを責めるわけにはゆかないだろう。
 世間というものの酷薄さと変わり身の速さを知ったあの頃、皇秀龍だけが変わらず英真に接してくれた稀有な存在であった。
 復讐と恨みに燃える英真を労り、事ある毎に辛抱強く説得し、復讐を思いとどまらせたのだ。
 秀龍の援助は心的なものだけにとどまらなかった。町外れの小さな家で乳母と暮らし始めた英真の許をしばしば訪れ、そのときには必ず生活の足しにと食物や何かしらの金品を持ってきた。
 三年後、場末の酒場で働きながら英真の面倒を見ていた乳母が亡くなった。可哀想に、働き過ぎで身体を壊したのだ。元々、あまり丈夫な質ではなかった乳母が過労で倒れたのは、英真のせいだった。その頃、英真もまた市場の露店で店番をしたり使い走りをしたりして日銭を稼いで乳母を助けていたが、周囲の人間は誰もが乳母と彼を本当の母子だと信じて疑っていなかった。
 英真自身も三年も二人だけで暮らす間に、優しかったけれど世話は乳母任せにしていた実の母の面影は次第に薄れ、乳母を心から母のように思い慕うようになっていた。
 乳母を失ったことで、英真は今度こそ、天涯孤独になった。十二歳の子どもがたった一人で生きてゆくには世間は冷たすぎた。もし、秀龍が今までよりも更に物資的援助をしてくれていなければ、英真はとうに飢え死にしていたか、生きていても物盗りか乞食になっていたはずだ。
 そう、見世出しどころか、見習いにもなっていないにも拘わらず、〝麗しの浄連〟と世間の注目を浴びている翠月楼の下働きの美少女こそが、何を隠そう申英真の仮の姿であった―。

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