テキストサイズ

麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第2章 麗しの蓮の姫

「若さま、お放し下さいませ」
 浄連は落ち着いた声音で言った。いっそのこと、この男の望みどおり、一緒に厠に入って、思いきりチマの裾を捲り上げてやろうか。そして、この阿呆息子がすっかりその気になったところを、懐に隠し待った小刀でひと息にその喉を刺し貫いてやろうか。
 大切な跡取りが妓房で―翠月楼のような小見世で女中に刺し殺されたと知れば、領議政はさぞ世間の物笑いになることだろう。想像しただけで、残酷な歓びさえ感じる。
 浄連の腕でもってすれば、軟弱な腑抜け男の息の根を止めるなど造作もない。けれど、いまだに自分の身を真摯に案じてくれる秀龍のことを考えると、短慮は避けなければならなかった。
 乳母の死後、英真は乳母と二人で住んでいた家で一人暮らしをしていたが、その間も秀龍はしょっちゅう顔を出し様子を見に来た。いつしか二人は義兄弟の約束をし、英真は秀龍を〝兄貴(ヒヨンニム)〟と呼ぶようになった。乳母が第二の母なら、秀龍はもう一人の兄だ。
 そんな義兄を結果として裏切るようなことになってしまったのが、一年前の出来事だった。 
―兄貴、俺は妓生になる!!
 誰もが冗談としか思えないようなひと言がよもや本気の言葉だとは、流石に秀龍すら最初は思っていなかったらしい。
 だが、英真の決心が固いと知るや、秀龍は義弟を殴った。
―馬鹿ッ。何を血迷ったことをほざいてるんだ? 男のお前が妓生になどなれるわけがないだろう。
 英真の母は息子を二人得たが、どれほど望んでも、娘は生まれなかった。幼い時分、英真は物心つく前から、よく母に女の子の格好をさせられた。その頃から既に英真の女児姿は、見る者が眼を瞠るほど愛らしかった。自分のひそかな愉しみが、まさか息子の女装好きに結びつくとは、英真の母もそのときは考えていたなかったに相違ない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ