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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第2章 麗しの蓮の姫

「なっ、何を。この女、黙って言わせておけば、良い気になりおって」
 ファンジョンが拳を振り上げた。ああ、このまま殴られるのだろうと浄連はぼんやりと、振り上げられた拳を見上げる。
 幾ら抵抗したくても、反撃はできない。何しろ、今の彼女は可憐な十五歳の娘であって、今も暇な時間には隠れてせっせと武芸の腕を磨いている申英真ではない。
 いかほど屈辱に打ち震えようが、憎い仇の倅に打擲されねばならない立場なのだ。
 流石に、ファンジョンに迎合するばかりだった腰巾着たちも息を呑んでいる。良い歳をした大の男が若い娘相手に猛り狂っているのを誰一人として止めようとしないのは、むろん、時の権力者の息子の機嫌を損ねたくないからだ。
 まさに怒り狂ったファンジョンの拳が振り下ろされようとしたその寸前、凜とした声音が張りつめた静寂を破った。
「待て」
 浄連はハッと声の主を見やった。
 部屋の片隅にいた一人の若者がすっくと立ち上がっていた。
「何と、任(イム)準(ジユン)基(ギ゛)ではないか。そなた、今日はここに来ていたのか? 俺はたった今、初めて気づいたぞ。いつもながら、弔いの夜のように陰気な奴だな。むっつりと黙り込んで座っているだけだから、まるで存在感のない奴だ」
 端から馬鹿にしたファンジョンの罵詈雑言にも、若者は眉一つ動かさず、平然と立っている。
 ファンジョンに呼応するように、周囲から失笑が洩れる。妓生たちも小声で囁き合い、くすくすと笑い声を上げていた。
「これはご挨拶なことだな。私は、馬鹿騒ぎには付き合い切れぬとそなたからの誘いは幾度も丁重に断ったはずだ。しかし、重ねての辞退は失礼に当たる故と、我が父の勧めでこうして気の進まぬのをやって来たのだ。我が父はどうやら、そなたの父御を必要以上に怖れているようだから」

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