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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第1章 序章

 空しい。すべてのものが厭わしく、空しかった。漢(ハ)陽(ニヤン)の町を歩いている時、偶然、華(カ)礼(レ)を見かけたときなど、いかにも幸せそうな新郎新婦の表情が瞼から離れず、眼を背けて通り過ぎた。
 幸福など、この世から消え去ってしまえば良い。以前の浄連なら、幸せそうな花嫁花婿を見て、羨ましさと憧れの入り混じった微妙な気持ちを抱いたからとて、その幸せを呪ったりはしなかった。
 なのに、今、浄連は満ち足りた顔の恋人同士を眼にしただけで、虫酸が走りそうになる。
 何故、神仏は自分からあの方を奪い去ったのか? どうせ、到底他人には言えない秘密を抱えたこの身では、あの若さまと結ばれる宿命ではなかったのに。
 いや、万に一つ、浄連が準基と結ばれることのできる身だったとしても、自分が準基と添えるような身分ではないことは十分判っていた。
 ならば、両班(ヤンバン)であったなら? 我が父が怖ろしい陰謀によって陥れられず、自分が本来の身分のままでいられたら?
 そこで、浄連はあまりにも己れの想像が馬鹿馬鹿しいものであることに気づき、嘲笑った。
 父が生きていれば、確かに自分は両班としての身分を失わずには済んだであろうし、準基とならば心を通わせられる友になれただろう。が、所詮はそれ止まりの関係だ。
 むしろ、家門が滅び、両親や兄、家族ばかりかすべてのものを失って妓房(キバン)に入ったからこそ、準基と出逢い、束の間でも恋人として過ごすことができた。両班のままでいたら、〝浄連〟という少女はこの世に誕生していなかった。
 運命とは時に皮肉なものだ。浄連が大切なものすべてを奪われ、どん底まで落ちたその先で一生涯忘れ得ぬ出逢いが待ち受けていようとは!
 運命を、自分を蔑んだ人々を見返してやろうと息巻いていたあの頃、よもや、そのような出逢いがもたらされるとは誰が想像しただろう。

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