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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 女将はあれ以来、浄蓮と口を利かないどころか、視線すらまともに合わせようとしない。廓で絶対的な権限を持つ女将をあれほどまでに怒らせてしまったのだから、出てゆけとすぐに追い出されないだけ、まだマシなのだろう。
 そんな中で、あの事件をきっかけに明月とはそれこそ本当の姉妹のように仲好くなれたのは不幸中の幸いといえた。
 むろん、これまで続いていた芸事の稽古も必然的に止めることになった。稽古を続けていた頃は、あまりにも厳しい女将の要求に内心、反発を憶えていたものだけれど、こうなってみると、自分は伽倻琴も詩歌も、最も苦手だと思っていた舞さえ、本当は好きだったのだと知った。
 見かねて明月が手ほどきをしてくれてはいるが、はっきり言って、この見かけよりはるかに人の好い義姉は、芸事に関しては、からっきし駄目なのだ。 それでも、折角稽古をつけてくれるというのを断りもできなくて、浄蓮は毎日のように明月の部屋に通っていた。
 今も浄蓮は二階へと続く階段に座り、ぼんやりと座っているところだ。明月に稽古を付けて貰う時間以外、浄蓮の暮らしは今までと何ら変わらない。姐さんたちが馴染み客に宛てて書いた文を男の許まで届けたり、厨房の煮炊きを手伝ったり、廓中を塵一つ残さず磨き上げたり。
 妓房には、用心棒も兼ねた屈強な下男三人と、浄蓮と同様下働きとした雇われた女中が他に二人いる。下男は比較的若く、中には浄蓮に色目を使ってくる者もいたが、廓内では〝身内同士〟の恋愛沙汰は禁止されている。身内というのは、むろん実際的な血の繋がりを示すわけではなく、同じ妓房で働く使用人同士を指す。
 ましてや、下男が見世の商品である妓生に手を出すことは以ての外であった。

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