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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 浄蓮は、準基の差し出した手巾を手を伸ばして受け取った。
 どうも、準基はかなり狼狽しているようだ。
 整ってはいるが、男性にしてはやや甘い顔立ちに明らかな焦りが浮かんでいる。
 一体、何故、彼がそこまで狼狽えているのかは判らなかったけれど、準基の優しさは身に滲みた。
 手巾で涙を拭いていると、準基が早口で言うのが聞こえてきた。
「そんなに泣いてばかりいたら、身体中の水分がなくなってしまう。一刻もしない中に干上がった漢江のようになってしまうよ」
 まさか満々と水を湛えた漢江が干上がるなんてことは、間違ってもない。しかし、彼が泣いている自分を泣き止ませようと、こんな科白を口にしたのだということくらいは理解できた。
 面白い人。―そして、優しい男。
 浄蓮はそう思うと、ひとりでに笑みが零れた。
 不思議なことに、あれほど堰を切ったように溢れていた涙が止まっている。
 浄蓮は大きな瞳を瞠り、準基を見上げた。
 準基もまた、彼女だけを見つめているように思えた。
 二人を取り巻く時間が一瞬、止まった―。
 身分も、性別も、この世のすべての柵(しがらみ)すらもが一瞬、どうでも良いとすら思えてくる。
「少しだけ時間を貰えないかい?」
 準基が声を発した時、ひとたびは止まっていた刻が再び動き始めた。
 浄蓮は躊躇った。
 相手にも、それは、はっきりと伝わったらしい。
「―はやり、無理かな」
 準基が心細げに呟いた時、浄蓮は自分でも信じられないことに、首を振っていた。
「少しだけなら」
 その返事に、刹那、準基の貌が喜色に輝いた。

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