
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第8章 哀しい別離
漆黒の瞳が間近に迫っている。八重は今にも走って逃げ出したくなりそうな気持ちを抑えつけながら、嘉亨の瞳を見続けた。
「我が儘を言わせて頂けるなら、最後に一つだけ、お願いがございます」
敢えて返事はせず、八重は全く別のことを口にする。
「最後―」
嘉亨は何かに耐えるような眼で、しばらく八重を見つめていた。
「清冶郞さまがお持ちになっていた招き猫と手毬を形見として賜りたいのです」
「はて、手毬ならば判るが、招き猫とは」
嘉亨が怪訝な顔をすると、八重は淡く微笑んだ。
「若君さまのお居間の違い棚に、螺鈿細工の文箱がございます。あの中に招き猫の形をした根付けがございます。でき得れば、その品をせめて若君さまを偲ぶよすがとして頂きとうございます」
あの根付けは元は八重のものであったことを、嘉亨は知らない。あれは八重と清冶郞だけの秘密であった。
根付けのことを思い出すと、清冶郞の笑顔がごく自然に瞼に浮かぶ。初めて清冶郞に根付けを披露した時、八重は口から出任せを言ってしまった。清冶郞が自分の健康のことであまりに落ち込んでいたゆえ、唐の高僧の遺物だと咄嗟に思いつきを喋ってしまったのだ。
とんでもなく出たらめな八重の話を、清冶郞は大きな瞳を見開いて真剣に聞いていた。
あの撫子模様の手毬は、一向に懐いてくれなかった清冶郞の気を引こうとさんざん悩んだ挙げ句、思いついた苦肉の策であった。手毬を見せることで、二人の距離は一挙に縮まり、清冶郞は八重を姉のように慕うようになった。
「我が儘を言わせて頂けるなら、最後に一つだけ、お願いがございます」
敢えて返事はせず、八重は全く別のことを口にする。
「最後―」
嘉亨は何かに耐えるような眼で、しばらく八重を見つめていた。
「清冶郞さまがお持ちになっていた招き猫と手毬を形見として賜りたいのです」
「はて、手毬ならば判るが、招き猫とは」
嘉亨が怪訝な顔をすると、八重は淡く微笑んだ。
「若君さまのお居間の違い棚に、螺鈿細工の文箱がございます。あの中に招き猫の形をした根付けがございます。でき得れば、その品をせめて若君さまを偲ぶよすがとして頂きとうございます」
あの根付けは元は八重のものであったことを、嘉亨は知らない。あれは八重と清冶郞だけの秘密であった。
根付けのことを思い出すと、清冶郞の笑顔がごく自然に瞼に浮かぶ。初めて清冶郞に根付けを披露した時、八重は口から出任せを言ってしまった。清冶郞が自分の健康のことであまりに落ち込んでいたゆえ、唐の高僧の遺物だと咄嗟に思いつきを喋ってしまったのだ。
とんでもなく出たらめな八重の話を、清冶郞は大きな瞳を見開いて真剣に聞いていた。
あの撫子模様の手毬は、一向に懐いてくれなかった清冶郞の気を引こうとさんざん悩んだ挙げ句、思いついた苦肉の策であった。手毬を見せることで、二人の距離は一挙に縮まり、清冶郞は八重を姉のように慕うようになった。
