夢のうた~花のように風のように生きて~
第2章 悲劇の始まり
お茶を淹れようとして、まだ鉄瓶のお湯が沸いていないことに気づいた。火勢が弱まっているようで、あまり温かくない。我に返ってみれば、あれほど温かかった部屋の中の空気もわずかに冷たさを含んでいる。
お千香は部屋の内の温度が急激に下がったように感じられ、かすかに身震いした。
定市がお千香をじいっと見つめている。冷たい光を宿したこの眼がお千香は昔から大の苦手だった。まるで狩人が狙った獲物を値踏みしているような酷薄な光を宿した眼に本能的な恐怖を抱かずにはおれなかった。
気づまりな沈黙が部屋中に満ちていて、お千香はその重たさに息苦しさを憶えた。定市のくちなわのような眼を怖い、と思った。この男の何を考えているか判らぬ得体の知れなさが怖い。
それにしても、今夜の定市は妙であった。いつもから冬の空のように冷めたまなざしがいっそう冷え冷えとしている。
しばらく静かすぎる時間が流れた。
漸く鉄瓶が白い湯気を上げ始め、お千香は傍らの盆を引き寄せた。だが、湯飲みを持つ手が小刻みに震えて、上手く持つことさえできない。
「どうした、寒いのか、震えているぞ?」
定市の口調には、どこかこの状況を面白がっているような気配さえある。
当人の前であなたが怖いのだとは言えず、お千香は震える手で作業を続けようとした。
「まるで化け物を前にしているような怖がりようだな」
定市が苦笑いを浮かべた。
「そんなに寒いのなら」
と呟き、お千香の傍らに歩いてくる。
「こうして温めてやろうか」
突如として引き寄せられ、お千香は呆気なく定市の腕の中に倒れ込んだ。
「い、いや」
お千香は突然の予期せぬなりゆきに狼狽え、抗った。
「止めて下さい」
強い語調で抗議しようとしたのだが、現実には相手を咎めるというよりは哀願する口調になってしまった。
だが、定市は圧倒的な力でお千香をを抱きしめてくる。
「あなたは父の言いつけに背かれるつもりですか? 私は、あなたのお相手はできない身です」
お千香は懸命に抵抗しながら言った。
お千香は部屋の内の温度が急激に下がったように感じられ、かすかに身震いした。
定市がお千香をじいっと見つめている。冷たい光を宿したこの眼がお千香は昔から大の苦手だった。まるで狩人が狙った獲物を値踏みしているような酷薄な光を宿した眼に本能的な恐怖を抱かずにはおれなかった。
気づまりな沈黙が部屋中に満ちていて、お千香はその重たさに息苦しさを憶えた。定市のくちなわのような眼を怖い、と思った。この男の何を考えているか判らぬ得体の知れなさが怖い。
それにしても、今夜の定市は妙であった。いつもから冬の空のように冷めたまなざしがいっそう冷え冷えとしている。
しばらく静かすぎる時間が流れた。
漸く鉄瓶が白い湯気を上げ始め、お千香は傍らの盆を引き寄せた。だが、湯飲みを持つ手が小刻みに震えて、上手く持つことさえできない。
「どうした、寒いのか、震えているぞ?」
定市の口調には、どこかこの状況を面白がっているような気配さえある。
当人の前であなたが怖いのだとは言えず、お千香は震える手で作業を続けようとした。
「まるで化け物を前にしているような怖がりようだな」
定市が苦笑いを浮かべた。
「そんなに寒いのなら」
と呟き、お千香の傍らに歩いてくる。
「こうして温めてやろうか」
突如として引き寄せられ、お千香は呆気なく定市の腕の中に倒れ込んだ。
「い、いや」
お千香は突然の予期せぬなりゆきに狼狽え、抗った。
「止めて下さい」
強い語調で抗議しようとしたのだが、現実には相手を咎めるというよりは哀願する口調になってしまった。
だが、定市は圧倒的な力でお千香をを抱きしめてくる。
「あなたは父の言いつけに背かれるつもりですか? 私は、あなたのお相手はできない身です」
お千香は懸命に抵抗しながら言った。