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夢のうた~花のように風のように生きて~

第2章 悲劇の始まり

 その間も定市は器用に手を動かしている。片手でお千香の両手を掴んで一切の動きを封じ込める一方、もう一方の手でお千香の帯をするすると解いていった。
「いや、誰か、お願い」
 泣きじゃくるお千香の顔を覗き込み、定市が幼子に言い聞かせるように言う。
「な、怖がることはねえ。ちょいと身体を見せてくれるだけで良いんだ。何もしないから、頼むから大人しくしていてくれ」
「定市さん。こんなことは止めて。お願いだから、止めて!!」
 お千香は泣きながら訴えた。
「お千香、俺はずっとお前のことを好きだったんだ。お前は使用人にすぎねえ俺のことなんぞ端から眼にも入ってなかっただろうが、俺はこの店に来てから、お前だけを見ていたんだぜ。それが、所詮は高嶺の花だと諦めていたお前を手に入れることができたんだ。何もしねえでいろなんて言われても、できるはずがねえ」
 お千香は驚愕して定市を見つめた。
 が、嫌いな男にかき口説かれても、歓びよりは厭わしさが先に立つのは致し方ない。
―どうして、こんなことになってしまうの? お千香の眼からは大粒の涙が溢れ続けた。
「他のことなら何でもします。女房としての務めだって、何だってするし、私なりに良い奥さんになるように努力します。でも、これだけは許して。許して―」
「駄目だ」
 既に帯はすべて解かれ、定市の手は腰紐にかかっている。お千香は烈しく首を振りながら、もがき暴れた。
「助けて―、誰か、誰か」
 夢中で叫び助けを求め続けていた時、口に布をくわえさせられた。
「―」
 お千香は声にならない声を上げ、涙の溜まった眼で恨めしげに定市を見上げた。
 それからは、ただ衣ずれの音とお千香のくぐもった声だけが響いた。
 定市に押さえつけられたお千香の眼からは大粒の涙がとどまることなく溢れ、白い頬をつたった。
行灯のほのかな光が室内を照らす中、お千香の白い儚げな身体がぼんやりと照らし出される。その回りには、定市にはぎ取られた着物や襦袢、帯が乱れ散らばっていた。
 お千香の清らかな肢体を眼にした刹那、定市の顔に愕きの表情がよぎったが、それも瞬時に消え、魅入られたかのように呟いた。

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