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夢のうた~花のように風のように生きて~

第4章 運命の邂逅

 この娘の素性は判らない。しかし、たとえ既に誰かの女房であったとしても、良人だからというただそれだけの理由で、娘をここまで蹂躙することは許されないだろう。
 やるせない怒りを憶えた。
 こんな有様の娘をここに放っておくことはできない。質の悪い男が見つければ、娘はまたどこかに連れ込まれ慰みものにされてしまうだろう。こんなにきれいな娘を男が放っておくとは思えない。
 徳松はやむなく娘を長屋に連れ帰ることにした。娘は女としては身の丈はある方だろうが、愕くほど華奢で頼りなげだった。徳松は娘を軽々と抱き上げると、白い霧の海の中をゆっくりと歩き出した。

 お千香は夢を見ていた。
 真っ暗な闇の中を懸命に走っているお千香を誰かが追いかけてくる。
 後ろを振り返ると、それはすぐ後ろまで追いついてきている。
―助けて、誰か、来てえーっ。
 声が嗄れると思うほどに大声で助けを求めても、辺りはしんと静まり返っていて、人影もない。
 突如として手首を掴まれ、お千香は悲鳴を上げた。恐る恐る振り返ると、下卑た笑いを浮かべる男の顔が迫っていた。
 嫌らしげな笑いを浮かべて襲いかかってくるこの男が一晩中、お千香を容赦なく責め立てた。
 死ぬよりも辛いと思った長い長い、地獄の夜だった。
―いや。もう二度と、あの男の許には戻りたくない。
 あんな忌まわしい汚辱にまみれた想いをするほどなら、死んだ方がマシだ。
 ありったけの力を振り絞って、定市から逃れようとする。だが、定市の力は強く、振り切ろうとしても、逆に手首を掴まれた箇所は力が徐々に加わっていて、痛みを感じるほどになっている。
―いやっ。
 お千香は叫んだ。
 その刹那、誰かが呼ぶ声が耳を打った。
「おい、しっかりしろ」
 聞き慣れぬ声だ。お千香はゆっくりと眼を見開いた。と、見たこともない男の顔がふいに飛び込んできた。だが、お千香の眼に、見知らぬはずの男が定市の顔と重なった。
 お千香の黒目がちの大きな瞳に、烈しい怯えの色が浮かんだ。

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