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夢のうた~花のように風のように生きて~

第5章 花塵(かじん)

《花塵》
 
 それから数日を経た。
 その日の夕刻、お千香は夕飯の支度に張り切っていた。今夜の食卓には大根の煮付け、焼き魚、味噌汁、飯が並んだ。至ってささやかなものだけれど、お千香が腕によりをかけたものばかりだ。
 そろそろ徳松の帰ってくる時刻である。
 お千香は頃合いを見計らい、なるたけ温かいものを徳松に食べて貰いたいと考えている。ゆえに、大抵はその頃に出来上がるように作りにかかるのだ。
 表の腰高が開く音がし、お千香は歓んで振り返った。だが、覗いていたのは、見たこともない男の顔であった。三十前ほどであろうか、どことなく翳を帯びた険のある眼つきが危うい印象を与える。全体的に崩れた雰囲気の漂う男であった。
「あんたは徳松さんの嫁さんかい?」
 唐突に訊ねられ、お千香は少し躊躇った末、頷いた。
「そうか、お千香さんだね?」
 続けざまに問われ、お千香は頷く。
 男がさも深刻そうな表情で言った。
「あんたの亭主が大変なんだよ」
 お千香は眼を見開いた。
「徳松さんがどうかしたんですか?」
 勢い込んで訊ねるお千香に、男がしたり顔で頷いて見せる。
 お千香の胸にたとえようもない不安が押し寄せた。もしや普請場で徳松の身に何かあったというのだろうか。
 徳松は現在、町人町の京屋という呉服太物問屋の改築工事に携わっている。京屋の主人市兵衛はなかなかのやり手の商人と評判だが、市兵衛の母おきよのための隠居所として使う部屋を新たに建て増すというので、留造率いる大工たちが毎日、京屋に出向いている。
「それがな」
 と、男はお千香の興味を引くように、思わせぶりな言い方で口をつぐんだ。
 案の定、お千香の不安はますます大きくなる。しかし、そのときのお千香は徳松に何かあったのかという不安にばかり気を取られていて、男の挙措が芝居がかって、あまりにも不自然すぎることには気づかなかった。
「徳松さんが足場から落ちてしまったんだよ」 男は、お千香の反応を確かめるように、油断ならぬ眼で様子を窺っている。だが、お千香はそんなことにも頓着せず、矢継ぎ早に訊ねた。

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