
夢のうた~花のように風のように生きて~
第5章 花塵(かじん)
お千香は淡い微笑を浮かべて、庭の蝋(ろう)梅(ばい)を眺めていた。
既に暦は如月に変わっていた。
お千香の部屋の障子は今、すべて開け放たれ、お千香は縁側に座していた。小庭の蝋梅は黄色の花をたくさん咲かせ、今を盛りと咲き誇っている。こうして障子を開け放していると、蝋梅の甘い香りが風に乗って運ばれてくる。
二月とはいえ、今日は春を思わせるほどの陽気であった。こうしていても、寒さはさほどに感じられない。
ふと視線を動かし空を見上げれば、薄い雲がたなびく空に角凧が浮かんでいる。どこかの悪戯好きの男の子が得意顔で凧を上げているのだろうかと想像してみる。
子ども―、つい最近まで考えてみたこともなく、本音を言えば、考えたくもなかったことだ。あの男、定市の血を引く子が日々、自分の胎内で育ちつつあるのか考えただけで、おぞましい想いに囚われた。
今戸の寮に医者が来た時、定市はお千香の懐妊を知らされても、別段愕きもしなかった。もしかしたら、定市は、とうに妊娠を知っていたのかもしれない。それにつけても、幼く、何も知らぬ我が身が情けなかった。男の定市さえ気づいていたというのに、お千香は何かの病にかかっているとしか考えられなかった。
けれど、お千香が身ごもっていると知りながら、定市は、それ以後も夜毎、お千香の身体を苛み、弄んだのだろうか。だとすれば、定市にとっては、お千香は本当に快楽の対象でしかないのだろう。身重のお千香が悪阻で吐き気を訴えても、どんなに具合が悪いからと嫌がっても、定市はけして許してはくれなかった。
定市の腕を逃れ、部屋の隅でうずくまって吐きそうになっているお千香をあの男は抱き上げて床の中に連れ戻し、お千香を貫いた。
定市にとっては、お千香も腹の赤子も所詮は、何の意味も持たないのかもしれない。そう思うと、一抹の淋しさを感じずにはいられなかった。腹の子は、お千香には定市から受けた辱めの記憶を呼び覚ますものでしかない。そう思ってきたが、美濃屋に帰ってきて穏やかな日々の中に身を置くようになって、その心境も変わった。
既に暦は如月に変わっていた。
お千香の部屋の障子は今、すべて開け放たれ、お千香は縁側に座していた。小庭の蝋梅は黄色の花をたくさん咲かせ、今を盛りと咲き誇っている。こうして障子を開け放していると、蝋梅の甘い香りが風に乗って運ばれてくる。
二月とはいえ、今日は春を思わせるほどの陽気であった。こうしていても、寒さはさほどに感じられない。
ふと視線を動かし空を見上げれば、薄い雲がたなびく空に角凧が浮かんでいる。どこかの悪戯好きの男の子が得意顔で凧を上げているのだろうかと想像してみる。
子ども―、つい最近まで考えてみたこともなく、本音を言えば、考えたくもなかったことだ。あの男、定市の血を引く子が日々、自分の胎内で育ちつつあるのか考えただけで、おぞましい想いに囚われた。
今戸の寮に医者が来た時、定市はお千香の懐妊を知らされても、別段愕きもしなかった。もしかしたら、定市は、とうに妊娠を知っていたのかもしれない。それにつけても、幼く、何も知らぬ我が身が情けなかった。男の定市さえ気づいていたというのに、お千香は何かの病にかかっているとしか考えられなかった。
けれど、お千香が身ごもっていると知りながら、定市は、それ以後も夜毎、お千香の身体を苛み、弄んだのだろうか。だとすれば、定市にとっては、お千香は本当に快楽の対象でしかないのだろう。身重のお千香が悪阻で吐き気を訴えても、どんなに具合が悪いからと嫌がっても、定市はけして許してはくれなかった。
定市の腕を逃れ、部屋の隅でうずくまって吐きそうになっているお千香をあの男は抱き上げて床の中に連れ戻し、お千香を貫いた。
定市にとっては、お千香も腹の赤子も所詮は、何の意味も持たないのかもしれない。そう思うと、一抹の淋しさを感じずにはいられなかった。腹の子は、お千香には定市から受けた辱めの記憶を呼び覚ますものでしかない。そう思ってきたが、美濃屋に帰ってきて穏やかな日々の中に身を置くようになって、その心境も変わった。
