
夢のうた~花のように風のように生きて~
第5章 花塵(かじん)
「いえ、そういうことでは」
お千香は蒼白な顔で応えた。
酷薄な光を宿した眼がお千香を射貫くように見据えてくる。定市のねっとりとした視線がお千香の腹部に注がれていた。
美濃屋に戻ってひと月余り、六月(むつき)に入った腹の赤ん坊は順調に育ち、お千香の腹も外からでもはっきりと判るようになった。時折、赤子が腹を蹴るのも自覚できるほどだ。
お千香は、我知らず身体が震え始めた。
「何をしていたんだ?」
定市が視線を動かし、お千香の手許を見た。
咄嗟に後ろ手に隠そうとしたのを、定市が有無を言わさず取り上げる。
「あ―、止めて下さい」
お千香が手を伸ばして取り返そうとしても、定市は返してはくれなかった。
「―」
定市は何も言わずに小さな産着を眺めている。やがて、その産着を無造作にポンと放った。まるで、要らない物を捨てるような投げ方だった。
―やはり、この男にとって、子どもは取るに足らない存在なのだ。
判ってはいたけれど、改めて思い知らされてみると、哀しかった。
自分はこの男に何を期待していたというのだろう。お千香を慰みものとしか見てはいない男に。
定市がお千香を見た。
「今日は顔色も良いようだな」
その眼が薄く欲情に翳っている。お千香を求める時、定市は大抵こんな眼をする。そのことを、お千香は知っていた。
お千香の中で本能的な恐怖が渦巻いた。
「旦那さま」
震える声で言うと、定市が近づいてきた。
「なあ、一度くらい構わねえだろう? こんなに元気そうになったんだ」
「でも、お医者さまがそのようなことはしてはならないと」
お千香は、後方へ後ずさった。
この男が自分の部屋を訪れたのは、やはり、お千香を抱くためだったのか。哀しみ、淋しさ、やるせなさがせめぎ合う。
「大丈夫さ。たったの一度きりだ。私はもう辛抱できねえんだ。このひと月、ずっと我慢してきたんだぜ、ここらで一度くらい構やしねえじゃないか、な?」
次の瞬間、お千香は定市の肩に担ぎ上げられた。
お千香は蒼白な顔で応えた。
酷薄な光を宿した眼がお千香を射貫くように見据えてくる。定市のねっとりとした視線がお千香の腹部に注がれていた。
美濃屋に戻ってひと月余り、六月(むつき)に入った腹の赤ん坊は順調に育ち、お千香の腹も外からでもはっきりと判るようになった。時折、赤子が腹を蹴るのも自覚できるほどだ。
お千香は、我知らず身体が震え始めた。
「何をしていたんだ?」
定市が視線を動かし、お千香の手許を見た。
咄嗟に後ろ手に隠そうとしたのを、定市が有無を言わさず取り上げる。
「あ―、止めて下さい」
お千香が手を伸ばして取り返そうとしても、定市は返してはくれなかった。
「―」
定市は何も言わずに小さな産着を眺めている。やがて、その産着を無造作にポンと放った。まるで、要らない物を捨てるような投げ方だった。
―やはり、この男にとって、子どもは取るに足らない存在なのだ。
判ってはいたけれど、改めて思い知らされてみると、哀しかった。
自分はこの男に何を期待していたというのだろう。お千香を慰みものとしか見てはいない男に。
定市がお千香を見た。
「今日は顔色も良いようだな」
その眼が薄く欲情に翳っている。お千香を求める時、定市は大抵こんな眼をする。そのことを、お千香は知っていた。
お千香の中で本能的な恐怖が渦巻いた。
「旦那さま」
震える声で言うと、定市が近づいてきた。
「なあ、一度くらい構わねえだろう? こんなに元気そうになったんだ」
「でも、お医者さまがそのようなことはしてはならないと」
お千香は、後方へ後ずさった。
この男が自分の部屋を訪れたのは、やはり、お千香を抱くためだったのか。哀しみ、淋しさ、やるせなさがせめぎ合う。
「大丈夫さ。たったの一度きりだ。私はもう辛抱できねえんだ。このひと月、ずっと我慢してきたんだぜ、ここらで一度くらい構やしねえじゃないか、な?」
次の瞬間、お千香は定市の肩に担ぎ上げられた。
