テキストサイズ

あなたが消えない

第19章 あなたが消えない

「この辺りは静かな住宅地だし、マンションもどんどん建ってますから、きっと近くに居ますよ」

「はい。私、あの方に実は凄く助けて頂いた事があって。どうしてももう一度会って、直接御礼が言いたくて」

「そうだったんですかぁ。また、きちんと主人に聞いてみますね」

「はぁ~、何だか胸につっかえてたモノが、少し取れました」

私はホッとした。

何よりも、移り変わる季節と月日の中で、止まったままの私の翔への想いを、翔の存在を知っている102号室の奥さんと話せた事に、ホッとしていたのだ。

「うちの主人は、あの方をあまり良くは思ってませんけど」

「アハハ、うちの旦那もです」

私たちは笑い合う。

「でも、永津さんシブイ感じで、背も高いしカッコいいタイプでしたよね」

「えぇ、そうそう。私はいつも、いつも思ってました。イケメンモデルみたいだなぁって」

「まぁ。こんな話は、ここだけの話にしときましょうね」

「そうしましょう」

黄色い声を出して、久しぶりに女子トークに花が咲いた。

私は休みの日になると、東西南北の大通りにある喫茶店を点々として、今日は午前中、次の休みは午後と、時間を振り分けて通った。

喫茶店で数時間もの間、窓際の席で大通りを見つめる。

走り去るシルバーの軽自動車を見掛けては、すぐさま運転席を見る。

薄緑の作業服の人物を目撃するたびに、心臓が宙に浮く。

でも、やっぱり人違い。

有限会社だと言っていた。

携帯電話で、この街の有限会社を探してもたくさん有り過ぎて見当たらない。

翔…お願い。

近くに居るなら、会いに来て。

それとももう、私の事は忘れてしまったの?

1年はあなたにとったら、短い?長い?

私にとっては、長かった。

でも毎日毎日あなたを想い続けてきたからこそ、やるせない日もやってこれた。

あなたを想い悩む事が、今では私の生き甲斐になっている。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ