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適当詩

第8章 8

「海馬の意地悪と涙腺の秘密」

目を閉じると

祖父母の家にいた

門をくぐって

玄関の鍵は灯籠の下に

青のタイル

階段の滑り止めや

上がった左手の鏡台や

招き猫や

ベランダのつっかけや

緑色した物干し竿や

近くを走る私鉄の音や

墨の匂いや

襖の穴や

ブラウン管のテレビや

仏壇や

少しお洒落した若い祖母の写真や

リアルな映像に

心臓がはち切れんばかり

鼓動するのだけれど

息が止まりそうなぐらい

詰まるのだけれど

どうして

涙がでない


祖母を早くに亡くした

祖父の独り暮らしも

数年前に静かに閉じたから

俺はこの家で

いったいどうしたら

よいのだろう

とても

とても

寂しいのに

涙が出ないときは

どうしたらいい


間取りに調度品、全て思い出せるのに

さっきから

探しているのに

おじいちゃんも

おばあちゃんも

いないから


棚に置かれた

黒電話は

一向に鳴らないし

じーこ、とダイヤル一周回してみてもつながらない


俺は

この家で

独りでいるんだ


独り暮らしをしていた

祖父の

寂しさが

どうして今頃になって


早くでなくなった

祖母の

寂しさが

どうして今頃になって


独り、死を待ち

生きねばならん


その想いに

胸が

きゅうと

締め付けられるんです


どうして

どうして

今頃になって

寂しさの意味に

気付いたのだろう


どうして

どうして

あのとき

あそこに

いてあげなかったのだろう

どうして

どうして

涙が出ないんだろう


矛盾してるよ

弱くて

無知で

耐えれないときは

涙が流れるけど

知識や

経験で

馴れてしまったら

いろいろ理解できるのに

涙を流せないなんて

矛盾してるよ


ただ

泣いて

流せたら

どれだけ楽になることか


涙も出ないから

ただ突き刺すように

寂しさが

心をえぐる


どうして

どうして

どうしたら

一体、何を為すべきか

生きている間に

わかるだろう


何かをひっぺがえしたら

見つけられるだろうか


時の止まったこの家で

俺は

懐中時計のネジを巻く


瞼を開けよう

時がまた

刻まれ始める



終わり。


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