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無題

第5章 変化(後編)

ずっと
沈黙を恐れるかのように
話続けていた雅樹が
口を閉じてから、

空気は
凍りついたように
冷えていた。

雅樹が悪いわけでも、
郁也が悪いわけでもなく、
お互い次に
何て声をかけていいのか
わからずに固まってしまった。

いつかは
雅樹から聞くであろう
話だとは思っていたけれど…

あまりにも
酷い話だ。

のんびりと
平和に育ってきた郁也には
雅樹にかけられる言葉なんて
ひとつも
浮かばなかった。


「以上、なんだけど…寝る…か?」


掠れた声で
先に口を開いたのは
雅樹だった。

話の最中
ドラマみたいで
現実味が無いのに
やたらと
ディープな話の内容と

受け止められそうにもない
罪悪感
との狭間で
見る余裕が無かった
雅樹をやっとまともに見て

郁也は激しく
後悔した。

雅樹の顔色は
無表情で
蒼白く
郁也との間にできた
物理的距離の間を
真っ暗な瞳で見ていた。

郁也には雅樹が
自分との間にできた
心理的距離を見つめている
ように思えた。

雅樹の
入ってはいけない領域に
入ってしまった事を
悟ってしまった。

そして、
その領域に
中途半端で
思いが定まらない郁也が
入ってはいけないと

気づいていたのに
踏み込んで…
荒らしてしまった。

雅樹の心が
欠けているのが
見えるような気がする。

不安定だった雅樹が
ポーカーフェイスと
無関心で
必死に
支えてきた心を

郁也は
ノックしてしまった。

ずっと長い間
暗く
時間の無い所で
引き込もって

いつか身が朽ちる時を
ただ
待っている
だけだった雅樹に

郁也は小さな
キャンドルを
渡してしまった。

雅樹の中で
ゆっくりと
少しずつ
キャンドルは温まり
とても
安心できる存在
になってしまった。

とても小さくて
今にも消えそう
に揺れる炎なのに、

雅樹はそこに
永遠
を見てしまったのかもしれない。

溶けかけた所が
再び固まる時、

そこは
前よりもっと
固く
頑丈で
二度と溶けないように
固くなる。

今目の前で
それが見えている。

そしたらもう二度と…

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