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庭師-ブラック・ガーデナー-

第2章 1

私は仕方なく部屋を出た。
 エレベーターに乗り込みながら、聞いてみる。
 「消毒液の臭いって、どういうことでしょう。薬でもまいたのかしら」
 「それが、わからないの。管理人さんに聞こうにも、ほら、このマンションって常駐してないから」
 マンションの管理は、会社に任されている。担当の人が毎日出勤してくるが、五時には帰ってしまうのだ。
 「いやですね。なんだか気持ち悪い」
 「でしょ。みんな集まって、騒いでいるのよ」
 吉村さんは早くも打ち解けた口調だった。
 エレベーターが一階に到着し、ドアが開いた途端、異臭が鼻を刺した。誰かに消毒薬の臭いだ。それも、相当に濃い。
 床一面が濡れていた。水を流して、拭き掃除をしたあとのようだ。
 私はとっさに鼻に手を当てた。吉村さんはそんな私を見て、「別に毒ガスじゃないって」と笑った。
 オートロックのドアを通って、小さなエントランス・スペースに出てみると、数人の男女が集まって口々に何か言っていた。全員、私と吉村さんの姿を見ると、ぴたっと口をつぐんだ。
 「寺内さん連れてきたわよ」
 吉村さんはまるで手柄話でもするみたいに言って、私の背を押した。私は気まずい思いをしながら頭を下げた。
 三十歳ぐらいの太った男性が口を開いた。
 「僕は二時間ぐらい前に会社から帰ってきたんです。その時はこんな臭いはしてなかった」
 かたわらで、高校生みたいなサラサラの茶髪の女性がうなずいている。
 吉村さんが何か言おうとしたが、それを遮るように、別の女性が口を開いた。

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