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庭師-ブラック・ガーデナー-

第2章 1

ダンボール箱が積み上げられた部屋は、倉庫のように殺風景だった。
 眺めていてもため息しか出てこない。仕事部屋をほとんど占領しているダンボールから目を逸らし、台所に向かった。
こちらは対照的にガランとしている。箱も二つしかなく、あっさりとしたものだ。
どこに何が入っているか迷わなくてすむ。
 箱を開けてやかんと湯呑みを取り出し、お湯をわかして、コンビニで買って来た紅茶のティーバッグを放り込んだところで電話が鳴った。
仕事部屋に戻って、ダンボールの間に埋もれた受話器を取る。記念すべき初コールは、予想通り母からだった。
 「さやか? そっち、どう? 片づいた?」
心配そうな声が聞こえてきた。
「うん。さっき、引っ越し業者さんが帰ってね。今、お茶淹れて一息ついたところ」
 私はそっけなく答えた。
 本当はダンボール箱の整理を考えると気が重くて、一息なんて気分ではなかったのだが、とりあえず母の前で愚痴は控えるほうが賢明だ。母は心配性な上にお節介で、しかも三十歳目前の娘に対して子供の頃と同じように過保護なのだ。
気が重いなんて口にしようものなら、三十分ぐらい電話を切れなくなる。
 「ごめんね、何もしてあげられなくて。お父さんのことさえなかったら、私も手伝いに行ったんだけどねえ」
母は申し訳なさそうにそう言った。父は半年前に風呂場で倒れて、闘病中なのだ。現在のところ、命に別状はないそうだが、さすがに母が長く家をあけることはできない。
 いいからいいから、と私は笑った。
 「最近の引っ越しは、業者が全部やってくれるから楽なのよ。私は見てるだけで、あっというまに片づいちゃった。お母さんが来てくれても、することないよ」
 これも嘘だ。一切合財業者まかせのパックは料金が高かったので、梱包と荷ほどきは自分でやることにしたのだ。
憂鬱な経済状況を考えれば、なるべく節約すべきだから。おかげで、しばらくはダンボールの山に囲まれて暮らすことになりそうだ。

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