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わすれない

第2章 それぞれの傷

中津川さんは自分も痛かったのか、指を擦りながら怒っていた。


「まったく……。俺より頭がいいくせに固いと言うか、古いというか。ゆかりはなぁ、おまえが悲しむと思ったから言わなかったんだよ!
あれはおまえのせいじゃない。誰のせいでもないんだよっ!」



空になったグラスをギュウッとにぎり目を閉じた。まるで、怒りをグラスにぶつけるかのように。


「──いいか圭介。世の中な、ひとりじゃなんもできないんだ。良いことも、悪いことも、嬉しいことも悲しいことも、相手がいないとその感情に気付かないんだ。相手がいるから悲しみや苦しみもわかる。」


すぅーっと目を開けて俺をまっすぐ見たあと、そういい始めた中津川さん。

「人生、楽しいことばかりでは生きていけないんだ。むしろ苦しみの方が多いだろうな。
でもな……。それを乗り越えて生きていけるのが人間だと俺は思う。」



この人も苦しんできたのだろうか、俺なんかよりもずっと。
この人の過去はほとんど知らない。おれ自身が聞ける状態じゃなかったから。でも、今の言葉にはかなりの重みがあるのは俺にでもわかった。

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