優しくしないで
第5章 夏のつま先
店の前まで来ると、仁さんは鍵を取り出し裏口に回った
「今日、店定休日でさ。
さっきまで、一人で練習してたんだ。
マネキン相手じゃ、味気なくて早めに切り上げたんだ」
『え…じゃあ。
仁さんも帰る所だったんじゃ…』
「やっぱり、練習相手がいないと…張り合いないから!逆に助かったよ」
仁さんはニッと笑うと、店の中に私を案内した。
スタッフルームから店内に入ると、不思議な感覚になる
「じゃあ、シャンプー台に、ど〜ぞ」
『すみません』
私はシャンプー台の椅子に座った
手順通りにシャンプーをする仁さんの指は
優しく、時折強く…
私の髪を洗う
今日の
せつない気持ちを…
洗い流してくれているようだった
でも、優し過ぎる…
お願い…
優しくしないで…
あの時の
未来が見えない現実を…
思い出す…
太一…
たすけて…