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素直になれるか?

第1章 こんなはずじゃ…

ようやく満足したのか、内海は頬を赤く染めながら俺を解放した。
ふう、と大きく息をついて。
その口の端からは、絡まり混ざりあった唾液がこぼれ一筋の光を反射していた。


「続きは帰ってからな」


内海課長は手の甲で口元を拭いながら、くるりと振り向き出て行ってしまった。


思ってもいなかった反撃に出会い、迂闊にも一言も言葉を発することができなかった。

なんつぅキスしてくれんだ!
危なく膝が崩れる寸前だった…











「ねぇ、本当…加瀬宮くん大丈夫?」
目の焦点を結んだ先には、先ほど俺に仕事を分けてくれた絵梨が心配そうに、というか怪しげな顔をして立っていた。

俺の妄想は最近では時も場所も選ばなくなってきているらしい。


尚も心配そうにしている絵梨から逃げるように、フロアを出た。
必死で考えないようにしていた。
俺だって、分かってる。

妄想の世界に逃げて、現実から目を背けようと一生懸命だったんだ。

いっそのこと、あの告白もキスも抱擁も、全てが妄想だった、なんてオチにたどり着くんじゃないかと怯えている。

内海課長はあの日から俺を見ない。
仕事上での話はするが、電話もメールも何もない。
何度も連絡をしようとして。
携帯を取り出して。
番号打ち込んで。


だけど、あれ以来課長が病院に来ない事が何よりの現実なんだと。
会社に戻ってからも視線すら合わない事が、課長の本当の気持ちだったんじゃないかと。

それを確認するのが恐怖だった。



あの日は確かにあったのに。

好きだと言われたのは紛れもない事実なのに。


あれから1ヶ月、何の接点もないなんて恋人では…



あり得ないよな。

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