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素直になれるか?

第1章 こんなはずじゃ…

あんなに何度も聞こうとした言葉が、こうも簡単にするりと口から音になって滑り落ちたことに、狼狽した。

自分の発した音の意味を理解した時には、もう遅かった。

やっちまった、って思った。
それからもういいやって諦めみたいな感情が湧き上がって来て、ため息を一つ。

「後悔。してます?」

内海課長はなにも言わず、俺を見ている。

してるんだなって思った。
悲しいってより、変に納得してる自分にちょっとおかしくなった。
そりゃ、俺は男だし、自分を庇って怪我したやつに感謝と同情を感じたのは、間違いないだろうけど。

好き

ってそう言うもんじゃねえよな。

なんて、妙に納得できた。

浮かれてる俺を見てさぞかし、罪悪感に苛まれてたんだろうな。やっぱりさ。
男同士の恋愛なんて、そう滅多にうまくいくわけがないよな。


「ごめんな」

内海課長はかすれた声で、そう言った。

「加瀬宮…俺は…」

もうなにが言いたいのか、分かっちゃうからさ。
そんな泣きそうな顔で、言葉を探さなくてもいいって。
あんたの気持ちは、当然だと思ってるからさ。

好きだと

言ってくれた

それだけで、俺はこれから生きていける。
なんて愁傷なことは言えないけど。
仕方ない。
うん。いいよ。
あんたには笑ってて欲しいんだ。


なんたって惚れた弱みってやつ。

「立てるか?足…無理するなよ」

差し出してくれる手が、少し震えてる。

「大丈夫ですよ。ちょっとよろけただけで、骨はもうくっついてますから」

素直に

差し出された手の助けを受けて立ち上がった。

「これ、答えてくれたら、あんたを解放してあげます。俺の怪我に罪悪感なんて一切いりませんから。だから、課長の本心を教えてください」

立ち上がってもなお、つないだ手を握りしめた。

「はなし…てくれ」

「俺が好きですか?」


うつむいたまま、手を俺に取られ、ともすると誰かに見られても不思議じゃないこの状況で。
俺は死刑判決にも似た宣告を、待っていた。

「頼む。離してくれ」

「答えてくれたら、全てを解放してあげますって。俺は知りたいだけです。素直に言っていただいて構わないですから」

課長は繋がれた手を振り払うこともできずに、ただ俯いた。
それから、囁くように

「今夜、うちに来れるか?」

と言った。

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