テキストサイズ

紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第3章 炎と情熱の章③

「これで良いだろう? 今、反故にしたのは俺とお前の間で取り交わした契約書だ。これさえ無くなれば、契約そのものも無効になるからな」
 冷笑する男に、美月は首を振った。
「いいえ! あなたの持っている証書を破ったとしても、私の許にはまだもう一枚、同じものがあります。だから、あの契約書をなかったことにするだなんて言わせない」
 と、怖ろしいことに、晃司は再び胸ポケットから薄い紙を取り出して見せた。
「俺を甘く見るなよ。仔猫ちゃん? 身体は豊かでも、やっぱり頭の方はねんねだな」
 両手首を褥に縫い止められたままの美月の前で、晃司は無情にも取り出したばかりの紙を真っ二つに破いた。これでもかと言わんばかりに幾度も引き裂き、散り散りにするその様は鬼気迫っていて、美月はその形相の凄まじさに息を呑んだ。
「さっきの紙が何だったかを知りたいか?」
 笑みさえ浮かべて問われ、美月は表情を凍りつかせた。
「まさか―」
 声もない美月に向かって、晃司は余裕の笑みで応えた。
「まさに、お前が考えているとおりさ」
 顔は笑っているのに、眦がつり上がった双眸は妖しい光を放っていて、けして笑ってはいない。むしろ、氷のように冷え冷えとしていた。
 美月に話しかけるその物言いもまた子どもをあやすように優しげでいて、そのくせ、声はゾッとするほど冷めている。話しながらも、晃司は手にした紙切れを粉々になるまで引き破ってゆく。
―この男は狂っている。
 なまじ整った面立ちだけに、憑かれたような瞳で狂ったように紙を引き裂いてゆく姿は凄絶なものがある。
 美月は恐怖がちりちりと背中を這い上がるのを感じた。
「俺は、美月がもう少し頭の回転が良いと思ってたんだがな、少し買い被りすぎたかな?」
 晃司は歌うような口調で愉しげに言った。
「これでもう、俺たちの契約を証明するものは何もない。幾らお前が何を言ったところで、誰も信じやしないさ」
 あろうことか、晃司は美月の部屋から離婚届だけでなく、あの契約書までをも持ち出していたのだ!

ストーリーメニュー

TOPTOPへ