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いつくしむ腕

第3章 こころの修正液

ミネストローネ。海鮮玉と野菜のスープ。ごはん。きんぴらごぼう。春雨炒め。切り干し大根。
…今週も全然減ってない。
わたしは今、優太のアパートにいて、優太の部屋の冷凍庫をチェックしている。
料理をしない優太のために、作りおきをしてあるのだけど、解凍すら面倒らしく全く減らない。
あまり容量の大きな冷凍庫ではないので、もう中身が溢れそうだ。
何のための作りおきだかわからない。
「全部捨ててやろうかな」
ため息と共に、やるせない言葉が口をついた。

わたしの仕事は不定休だ。
いつ仕事が入るかわからない、つまりずっと待機状態。
だから、次の日の休みが確定していればほぼ毎回優太のアパートに行く。
今度いつ来れるかわからないから、と出来るだけ何気なく理由をつけて。
実際のところは、自分が優太に会えないことに耐えられないからなんだろうな、と思う。
何か負けた気がするので、そんなことは言ってやらないけど。
付き合ってだいぶ初期に、合鍵を渡された。
「これで、俺に連絡しないでサプライズで来れる」
わたしの驚きとは対照的に、あっけらかんと優太は微笑んだ。
ひとに渡された、初めての合鍵。
その日の満たされた気持ちは、何とも例えようのない幸福感だった。
自分は優太にとって「心許せる存在」であると思えた。
ーーこんなに小さな銀細工に、こんな力があるのね。
改めて「小さな銀細工」を見つめる。
わたしの家のとは、ずいぶん形状の違う鍵。
優太の部屋だけを開けることの出来る、素敵な鍵。
合鍵まで渡されたのに、どうしてそんなに信用出来ないの?
母によく言われる言葉だ。
わたしが人を信用出来ないのは今に始まったことではなく、それはひどく難しいことのように思う。
信用したからといって、必ずしもその通りになる保証なんてない。
裏切られるぐらいなら、期待なんてしないほうがいい。
不信感は、もう何年もにわたり染み付いてしまったーーずっと連れ添ってきた伴侶のようなーーわたしの相棒。

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