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いつくしむ腕

第3章 こころの修正液

優太はわたしに嘘をついている。
隠している、頑なに。
わたしはそれに気付かないふりをしながら、
「面倒見のよい彼女」を演じている。
優太はわたしを気遣うつもりかもしれない嘘をつきながら、
「実直な彼氏」を演じている。
…演じている、は、あくまでわたしの予想に過ぎないけれど。
心のなかをざわつかせながら、わたしは優太にしがみつく。
女のわたしより触り心地のいい滑らかな肌を感じるために。胸のあいだのにおいを感じるために。
そうすると、少し心が落ち着いた。
“ここにいる”と、実感できる。

「ただいま」
帰宅した優太は、へろへろになっていた。
森林を管理する仕事のため、よく丸一日外で作業をすることがある。
今日がその日だったらしく、疲労は目に見えて明らかだった。
「おかえり。すごい汗」
言って、自分よりもはるかに広い胸に顔を寄せる。
「汗くさいよ」
苦笑しながら優太はわたしを押し止めようとする。
それには構わず、ぎゅう、と抱きつく。
なるほど、確かに汗のにおいがした。
働いてきた男のひとのにおい。湿ったポロシャツ。
「ちょっとシャワー浴びてくる」
やんわりとわたしの体を離し、作業着を脱ぐ。
思いきり抱き締めてくれたらいいのに、と不満に思いながらも だけどわたしはそれを言わない。
「果夏、明日仕事はー?」
休み、と答えると優太の顔がゆるんだ。
「じゃあもう一泊」
わたしの愛しいひとは悪戯っ子のような笑みを浮かべて、バスルームへ向かった。

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