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花の謌

第1章 No.1

通学路に咲き誇る君に、ぼくは恋をした。

ー花の謌ー

ぼくは下を向いて歩くのが好きだ。
地面の変化、生き物の気配、草花の色。
上ばかり向いていては見付けられないものばかり。
いつもの道、いつもの時間。
ぼくが毎日同じ通学路を通るのには訳がある。
「…いた」
一輪だけ咲いた、美しい青い花。
白や黄色、赤に囲まれながら 悠然とそこにある青に、
ぼくは心を奪われている。
園芸に興味はないけど、なぜだかその花は一目でぼくを夢中にさせた。
「綺麗な花」としてではなく「愛する対象」として。
ぼくは花を女性だと思う。
その美しさや儚さは、とても男とは考えにくい。
ともかく「彼女」は、ぼくに恋と、欲情を植え付けた。
出逢ったときに感じたあれは、間違いなく「欲情」だった。彼女に会った後、ぼくは必ず自慰をしてしまうのだから。
「ねえ、触れても良い?」
返事がないのをいいことに、ぼくは人差し指で花びらを撫でる。さらりとしてすべらかな彼女。
キスがしたい、と思った。

その日もぼくは、あの場所へ向かっていた。
昨日は雨だったから、さぞ瑞々しい姿だろう、そう期待した。
異変に気付いたのはすぐだった。
あの美しい青が、何かに遮られている。
必死で走った。大した距離ではないのに、ぼくにとっては心臓が止まりそうなほどの苦しい時間だった。
ーー瞬間、息を飲んだ。
ぼくの花が、大切な花が、手折られていた。
他の草花に埋もれた青い花は、それでもなお美しかった。
だれが、ぼくの、この子を。
腸が煮えくり返った。ぼく以外の者に手折られるなんて、許せない。
「…すぐ、助けてあげるから」
地面から外れた彼女をそっとすくい、ぼくは家まで走った。
帰ったらすぐに水を。そして栄養をあげなくちゃ。
ぼく以外に殺されるなんて、許すものか。

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