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花の謌

第1章 No.1

透明なガラスのコップに、水を注ぐ。
これ以上傷付かないように、そっと花を浸ける。
“傷跡”を見る限り、踏みつけられたような感じだった。
…くそ、だれが、なぜ。
ぼくの。ぼくの花。美しい立ち姿が。
落ち着きなく、うろうろと部屋を徘徊する。
水だけではだめだ、栄養をーー
そこまで考えて、ぼくはぴたりと静止した。

…王子様の口づけで、お姫様は眠りから覚める。

こんな時になぜ、そんなお伽噺が浮かんだのは分からない。
でもぼくは、もうそれ以外頭には浮かばなかった。
青い花を見つめる。手折られてなお美しく誇り高い姿。
それは本当に、お伽噺の中のお姫様のようだ。

彼女に歩み寄る。
手を伸ばせば簡単に触れられる。
ぼくはそっと彼女に触れる。そのまま撫でるように茎に触れる。
「我慢できない」
少し乱暴に花を掴み上げ、その青に口づけた。
その見た目を裏切らぬ、清らかで華やかな香りが鼻腔をくすぐる。
無意識にぼくは、ベルトを外し、
欲情を主張する自身に手を伸ばしていた。
唇を離して花を見る。目覚める気配はなかった。
キスでだめならーー
ぼくは花を自身に近付けた。

何をしているんだろう、と我にかえった頃には、
彼女の青は白く濡れ、部屋にはぼくの荒い息がやけに響いていた。
ばかなことを、と眉をひそめ、彼女をコップに戻そうとした。
「…?」
ようやく、異変に気付いた。
花の中央に、何か小さなーー言うなれば人間の顔に似たーーものが存在していた。
うそだ、まさか。
心臓がうるさいくらいに音をたてる。まるで体全部が心臓になったようだ。
「…もっと愛したら、君は元気になる?」
花の目が、開いた。
大きな、青い瞳。
「ありがとう、あなたがわたしに“栄養”を?」
歌うようなその声に、ぼくは胸が高鳴る。
「栄養、というかその…水、とか」
なんとなく後ろめたくて、ぼくは口ごもる。

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