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20年 あなたと歩いた時間

第8章 24歳

五月晴れの穏やかな昼間には似つかわしくない、
真緒ならきっとそんな風に揶揄するだろう。
私の誕生日くらい、さわやかに祝ってよ、
と。

「行こうか」

持ってきたアイスクリームを墓前に供えると、
要が言った。

「真緒、また来るからな」

要はまだ悲しみの只中にいて、
それを救えるのは、時間でも他人でもなく、
要自身なのだ。
どこにもぶつけることのできない悲しみと、
絶望と、無念と、後悔を抱えて生きていく。
私は、少しだけそんな要の気持ちがわかる。
いくら泣いても、真緒は戻ってこない。
そのことに気づいた時、
要は今より前を向くことができるのだ。

「要」
「ん?」
「また来ようね」
「ああ」

その日は実家に泊まり、翌朝午前中に
京都に戻った。
久しぶりに孫と会えて、父はうれしそうだった。
広輝もいつもより口数が多く、
覚えたばかりの字を読んで父を喜ばせた。
小さなアパートに戻ると、
やっぱりここが落ち着くと感じる。
それほど、もう広輝と二人の生活が
当たり前になっているのだ。

「ママ」
「どうしたの?」
「かなめは、ぼくのパパになる?」
「えー、どうしたの?急に。パパにはならないよ。要はママのお友達」
「ふーん」

早めの夕飯を終えて、後片付けをしている間、
広輝は再び電車のおもちゃを走らせ始めた。
要が買ってくれたのだ。
それがとても気に入った様子で
ずっと遊んでいる。

「じゃあ…りゅうせいって誰?」

私は思わず、洗い物をしていた手を止めた。
水道から流れ続ける水を見つめたまま、
動けなかった。

「ママ、りゅうせいって誰?」
「流星は…」

いま、言うべきなの?
決して会うことのない父親のことを、
まだ四歳にも満たない広輝に
話してもいいの?

「まおは死んじゃったんでしょ。金魚すくいの金魚も死んじゃったよね」

広輝は、少し前に飼っていた金魚が
死んでしまったことを言っていた。
その死と、真緒のことを結びつけて
考えることができるなんて、
子どもというのは本当にーーーー

「りゅうせいも、死んじゃった?」
「広輝っ」

私は思わずその小さな背中を抱き締めた。
泣かない。絶対に。

「流星はね、広輝のお父さんだよ」

初めて言葉にした。
流星は、あなたの、お父さん。

「おとうさん…ぼくにもいるんだね」
「いるんだよ…遠くにね」

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