恋愛妄想短編集【完】
第2章 偶然と必然 [完]
「本当に大丈夫なんで、落ち着いてください、サクラさん」
「で、でもっ!…え!?サクラさん!?」
不意に呼ばれた名前に、焦ってしまった。
私いつこのお客様に名前を!?
お客様に名前がわかるようなものはないはず。
名札も、この部屋を誰が清掃したのかわかるようにするカードにも、苗字しか書いていないわけで…。
そんな私の困惑に気付かないのか、さらに爆弾を落としてきた。
「僕がサクラさんを見たのは、今日が初めてじゃないんです」
え、今日が初めてじゃない?
「この階には前にも何度か泊まらせてもらったことがあって、その時にもサクラさんにお世話になったんですよ」
…それにしても名前を知っているのはおかしい。
一歩間違えればストーカーのような発言は、顔が良くなければ一発でアウトよ…
そんなことを思いながらも、やっぱり腕時計が気になってしまう私は、彼の好意に素直に甘えることができない。
もはやなぜ彼が私の名前を知っているのかなど、今は関係のない話。
「とりあえず、一旦確認してきます。少々お待ちください」
そう伝えて、素早く方向転換し部屋の出口へ向かった。