
エスキス アムール
第37章 彼を想ふ
「…波留?波留じゃない?」
その言葉にゆっくりと振り向いて、
ポワンとした表情で彼はその人を見つめた。
先ほどパーティー会場にいたとき、爽やかに笑って談笑していた彼は、しばらくの沈黙をおいて
「…歩。久しぶり。」
ふにゃり
何とも愛らしい笑顔で笑ったのだ。
先ほど企業のトップ達が集まるあの場で見せていた顔ではなく
気のゆるんだ、顔。
こっちが彼の素かと、
胸がギュッと掴まれたようにドキドキした。
その彼女はどうやら親しかった間柄らしい。
ホテルのフロントをしているらしく、
彼がここに来る事を知って来てみたらしい。
「あの観月製薬の
副社長だなんてすごいね」
「……たまたまだよ」
そう言うけれど、
彼はきっと、並々ならない努力を重ねてきたのだろう。
僕も30歳という歳で社長をやっているわけだから、若いうちからトップをやるという苦労を知っている。
特にあの社長の下だ。
いらない苦労もあったはずだ。
この時の僕は、
その役職になるまでの苦労ばかり思い浮かべていたけど
、
彼には両親もおらず、育ってきた環境においても苦労が絶えなかったことを、後々調べてもらったときに知った。
それは僕の生い立ちからは
考えられない内容だった。
