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スノードロップ

第1章 こい、はじめました。

まだまだ寒さが滲みる2月の半ば。
高橋美月はその歩幅を広めた。
駅前に新しくオープンした書店"マンサク"に向かうために。
卒業式も目前に迫り、以前からの読書好きも高じて、新書ばかり読み漁っていた。
そんな中、大型書店が出来てしまっては行かない道理もなく、オープン初日から入り浸ろうと決意は固かった。
美月の住む小さな町に出来たそこは、初日だからだろうか結構な人で混雑を見せている。
目当ての新書コーナーに近づくことさえ難しいくらいだった。
コーナー付近にある目立つ幟には赤字で『新書購入の方に特製ブックカバー、しおりをプレゼント』と書いてある。

「(…これのおかげでこの人混みか)」

新しい物好き、タダで貰える、駅前と言う立地も手伝っているのだろう。美月は小さくため息をついた。
この混雑で本を選ぶのは容易くないと判断し、上手く人混みを縫って比較的落ち着いている専門書の方へ歩を進めた。
しばらく時間を潰そうと、棚に目をやるが、小説以外にからきし興味のない美月にとっては、なんの面白味も感じられなかった。

「何かお探しですか?」

ふと、後方上から声が聴こえる。
振り返り仰ぎ見ると、美月より頭2つ分は高いだろう位置ににこやかに笑う顔がある。

「でか……」

ハッと両手で口を塞ぐが、時既に遅し。にこやかな顔を困ったような顔に変えてしまった。
このときばかりは思ったことをすぐ口に出してしまう癖を、酷く怨んだ。

「…すみません」

手を口に当てたまま謝る。
店員であろう男性は困り顔を少し崩すと、首を軽くふった。

「構いません、よく言われますから」

美月は、その自嘲めいた表情に何かむずむずとするものを感じていたが、すぐにその考えを振り払う。

「…探し物、手伝いますよ?」

再び掛けられた言葉に、今度は美月が首をふる。

「新書…あの人混みで、落ち着かなくて」

ゆっくりと選びたいんです
そう付け加えると、男性店員は何か思い付いたように唇を薄く開ける。

「ちょっと待っててください」

男性店員は、人混みに紛れて行った。

「……やっぱでかいな」

頭1つ飛び出ている為、彼の位置は容易に把握することが出来る。
そして、新書コーナーから戻ってきた彼の手には、1冊のハードカバーの本があった。

「これ、僕のお薦めなんですけど、よかったら検討してみてください」

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