
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
「話は終わった。帰り道、案内してもらえる?」
「こういう手は使いたくありませんでした」
行夜の懐から、黒い鉄の塊が出てきた。拳銃だ。
「っ……?!」
「貴女が弦祇様を解放して下さらないと仰るなら……やむを得ません。せめてこのような状況を招いて下さった、貴女の命で償っていただきます。愛のためには罪も犯す。貴女なら分かって下さるでしょう?」
「有川──」
「もう一度申し上げます。俺の目的は「花の聖女」でも旦那様のお望みでもありません。流衣ちゃんと弦祇様が、平穏な日々をお迎えになること」
行夜との距離が、一歩、二歩と縮まっていく。
「冥土のお土産に教えてあげます。弦祇様の身体の痣。あれは本物の氷華王家のもらい物だと、希宮さんはご存じでしたか?」
「何だって?!」
莢は行夜に詰め寄った。
「神通力は、さすがにミゼレッタ本家の血筋の者達であっても、滅多に覚醒遺伝はしません。ただし、痣は確実に感染(うつ)ります。貴女ならご存じの方法で………。そしてデラ様は、譲り受けた痣の持つ抗毒成分を、更に他へお感染しになった。自ら投獄されてでも、愛することをやめなかった方の身体に」
心なしか行夜の口調は愉しげだ。
莢は、人当たりの良い執事の仮面を被った行夜の中に垣間見える暗い影の正体を、見極められないでにいた。
突然、腕の傷が疼いた。
「……──っ」
「どうかしました?」
昨日の夕暮れ、真淵に切られた右腕の傷口が、思い出したように蠢き出す。
何が起きたのか考える隙も、焦燥する余裕もなかった。
莢はその場に崩れ落ちた。
「そう言えば、貴方だけが──……でしたね。…………」
行夜の声が降ってきたが、聞き取れなかった。
「なん、て……」
莢は衣服の上から腕を庇って、立ち上がろうと力を入れる。
こめかみに、硬いものが触れてきた。
莢は銃口に狙われながら、全身で暴れる青い桜の不快感に恐怖していた。
「貴女の身体が──…時枝様は、…──に関する人間を、見付け次第……あれを試しているのに……」
「ん、はぁ……」
「やはり、…──流衣ちゃんに何事も起きなかったのは……あの頃のデラ様の心が、既にリーシェを──…」
行夜の嘲笑を孕んだ声が、夢のものともうつつのものともつかなくなってゆく。
第6章 哀情連鎖─完─
