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青い桜は何を願う

第7章 哀情連鎖


「俺を信用して下さい。希宮さんと美咲さんがお許し下さるのなら、外国で暮らしている知人に生活の面倒は見させます。古来より用いられてきた最も強力、且つ最も残忍な儀式から、リーシェを回避させられるのは、貴女だけです。これは、美咲さんにとっても悪いことではありません!……」

 行夜の必死でまくし立ててくる言葉も、まるで説得力がない。

 さくらを狙う腫瘍がこの世に存在している限り、どこに逃げても、逃げるだけでは追われるだけだ。

「お礼はいくらでもご用意します。無論、この件は旦那様にご報告するつもりはございません。ですからどうか、どうか流衣ちゃんと弦祇様が無駄な争いに巻き込まれぬよう──」

 執事の分際で随分思い上がったものだ。

 否、違う。

 行夜にとって、「花の聖女」を逃す行為は命取りになるはずだ。

 善満の片腕ともあろう執事が、主の獲物を雲隠れさせようなんて、正気の沙汰とは思えない。

「あんたって……」

 莢の頭を、ある可能性が頭を掠めていった。

「お嬢様を、好きなの?」

 万人の信じる価値も軽んじる。行夜のがむしゃら姿が、ほんの一瞬、かつてのカイルと重なった。






「図星だった?」

「……とに……さい」

「え……?」

「そういうことに、しておいて下さい」

「…………」

「…………」

 行夜の返事は、肯定も否定も意味しなかった。

 ただ、この男にどんな事情があるにせよ、さくらを日の当たらない場所へは連れてゆけない。

 カイルも同じだった。一度だけ、リーシェに連れて逃げて欲しいとせがまれたことがあった。だが、王女の身分を捨てさせて、故郷を離れた見知らぬ土地に、未来があるとは思えなかった。

 カイルは、リーシェを狂おしいまでに愛していながら、愛おしすぎて、ただ触れるのも躊躇われた。
 高貴な生まれの少女だったから、尚更だ。カイルにとって、リーシェの高潔な心身は、最後まで手の届かない存在だった。

 だからリーシェの薬指にキスをして、エンゲージリングの真似事をした。何もいらない、代わりに、自分の持つもの全て、最愛の少女に渡したかった。

 リーシェなくては生きられない魂になっても、引き離されて永遠の苦しみを味わうことになっても、本望だった。それが彼女の呪縛なら、甘美なものだ。

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