
青い桜は何を願う
第8章 懺悔は桜風にさらわれて
もとよりさくらは、最近、よく思う。
さくらはリーシェ・ミゼレッタではない。このはに惹かれたただの「美咲さくら」だ。
それでも逢いたい。
ただ、さくらはカイルに逢いたくて仕方がなかった。
リーシェが余生、最後に縋った一縷の希望は、さくらの生まれた意味でもあった。……はずだ。
さくらは、カイル・クラウスの魂を継いだ誰かに逢えれば、きっと救われる。
壁際に進み寄って、このはのワンピースに手を伸ばす。
心だけは、いつまでも貴方に囚われたままでいたかった。
さくらは氷華が滅んだ後も、何度か転生を繰り返した。その度に、十六歳になる誕生日は、約束の場所を訪ねていた。
誰も待ってくれてはいなかったが、漣の音に耳を傾けて、桜並木を眺める間、カイルと繋がっていられる気がした。リーシェに戻れた。
今日こそ、会える。
予感がしていた。
さくらはワンピースの胸元に咲いた青い花が目に触れた途端、泣きそうになった。
* * * * * * *
市内から出ているバスに乗り込んで、二十分と経たない内に隣県に出た。
莢は、車窓からさしずめ別世界の風景を眺めていた。
この町を訪ねたのは久々だ。
この町に、今日までにも何度も足を運びたくはなったことはある。が、最愛の少女との時間が詰まったこの土地に、とても気軽に来られなかった。
莢の魂(こころ)は、車窓の隙間から入り込んでくる風を覚えていた。
喧騒とした街とは違う。ここは、透明な清々しい空気だけが浮遊していた。時間の流れはとても長閑だ。
何にも侵されていない、澄みきった風は懐かしく、リーシェを彷彿とする。肺いっぱいに息を吸えば、身体中が浄化される心地がした。
言語や町並みこそ変わったが、特色は、氷華の時代も今も同じだ。
莢の脳裏を、一週間前に見てきた虚構の楽園の姿が掠めていった。
胡散臭い青年の声が、耳の奥に蘇る。
『生きながら地獄に落ちたリーシェを支えたのは、デラ様でした』
リーシェとデラはさしずめ連理の枝だった。
そう、行夜は語った。
リーシェとデラは、天祈の人間の目から見ても、密かに羨望の情動をかき立てたほど、もはや主従の関係を超えた何かで結びついていたらしかった。デラが背叛の罪に問われて、二人の運命が分かたれようとは、誰もが予想外だったらしい。
