
青い桜は何を願う
第8章 懺悔は桜風にさらわれて
「ぅっ」
いけない、と、本能が危険信号を響かせてきた。
流衣は、皮膚がちくっとしたのに弾かれるようにして、妃影の腿を蹴り上げる。
「あぅっ」
妃影ががくんと膝をついた。
流衣は、妃影のロングスカートの襞をよけて駆け出す。
そのやにわ、視界がぐらついた。腕に強烈な痺れが走った。瞬く間に身体が軸をなくしてゆく。
流衣の身体がくずおれる。側に倒れ込んでいた妃影の身体が飛びついてきた。
「っ……?!」
「はぁっ、ぅ……ぅああっ!!………」
流衣は妃影の身体を押さえつけて、今しがた自分の動脈を狙ってきた注射器を引ったくる。床めがけて力任せに叩きつけると、筒状のプラスチックがばらけて、淡い青の液体が飛び散った。
氷桜だ。
「悪く思わないで。かつて天祈一の軍人と認められていた貴女と、丸腰で渡り合える自信はなかったの」
「っ、……はぁ」
こんなところで足止めを食っている場合ではない。だのに、流衣は身体の痺れと格闘していた。
打たれたのは少量だ。その昔、叔父に気分が落ち着く薬だと騙られて、飲まされたことがある。あの時は一日微熱に冒されたが、この程度なら、じきに持ち直すだろう。
「君は、氷華の十三代目の……何で……」
「デラ。……いいえ、あの子の本当の名前はデラ・イェンヒェル。氷華はあの子を人質にして、天祈に取引を持ちかけた。天祈の皇帝は、第一王女を……実の娘を見限った。デラを返す代わりに国の一部を引き渡すよう求めた氷華の要請文を、破り捨てたの」
流衣は妃影の声が物語る記憶を、他人事のように聞いていた。途方もなく遠い、そして世にもおぞましい、昔話だ。
「国王様はデラの処遇に悩んだわ。捕虜として使い物にならなくなったなら、せめて天祈の機密事項を吐かせようとした。けれど、幼い王女に尋問したところで、何一つ得られなかった」
