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青い桜は何を願う

第8章 懺悔は桜風にさらわれて


* * * * * * *

 流衣の真ん前を異様に明るめていた焔が消えた。

 ふぅ、と、少女のつまらなさそうな溜め息が、しんとした春の気体にこぼれてとけた。

「顔色一つ変えないんですね。弦祇さんは、怖がって狂いそうになるのに」

「っ──…、このはに何をした?!」

「何も。同じクラスだった頃、火に異常な拒絶を示す子だなって、思っていただけ」

「…………」

 流衣は、妃影に掴みかかりかけた腕を下ろす。
 得体の知れない圧迫感に、行く手を阻まれていた。

「氷華と天祈が衝突した秋、娘は、買収された氷華の貴族の屋敷に誘拐されました。私が城で受けた報告によると、カイルを案内したのは、貴女……ユリア・マテリア。カイルはリーシェを助けるために、貴女の部下達の潜伏していた屋敷に向かった。そこであの子は、天祈にその実力を見込まれて、従軍と引き換えにリーシェの解放を持ちかけられた」

「そう、……その通りだ」

「カイルは、リーシェのためと言えど、氷華に背くことを拒んだ。さりとて専属護衛の役目は貫こうとした。それで、その命を自ら断ったわ。天祈の兵士達の目の前で」

「…………」

「貴女さえカイルを手引きしなければ、彼が自害することなかった。いいえ、貴女がデラと出逢わなければ良かった。あの日、リーシェはカイルと口論になった。デラと貴女の密会を、カイルがあの子に警告したから。リーシェは、……腹を立てて、それで一人に」

 そこを狙われたのか、と、今になって得心がいった。

 あの日のことは覚えている。

 ユリアは、いつものようにデラと「妖精の丘」で落ち合った。だが、デラは錯乱状態に陥っていた。何とかして落ち着かせて聞き出したところによると、妃影の今の話のような事態になっていた。ユリアはリーシェを案じるデラのために、思い当たる貴族の屋敷へ、彼女とカイルを連れていった。

「リーシェが余生、喪に服して生きたのも……あの子からカイルも、デラも奪った……貴女の所為!!」

 聖母の顔が凄まじい剣幕で歪んだのとほぼ同時、腕に鈍い痛みが走った。

「っ、く……離っ、……」

 肩を壁に叩きつけられる。信じ難いほどの力で身体を押さえつけられて、腕がねじ上げられていた。

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