
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
『恋をしているんです、私。恋をして、同時に愛に縛られているんです。それぞれ別の女性に。軽蔑なさいますか?』
リーシェが首を横に振った。
粗末なベンチに腰かけて、リーシェは、寒くもないのに少女と身を寄せ合っていた。暗がりの中、少女の存在を確かめんと、指と指とを絡めていた。
『私は貴女のものになりたい。貴女の命に、なりたいです。リーシェ様。じゃなきゃ私は壊れてしまいます……氷華の人間になりたくて、なれない私は……』
『また、誰かに何か言われたの?貴女は私や母上様にとって家族みたいなもの。気にすることなくってよ。それに、ここはもう氷華じゃない』
『私は』
『貴女を頼りにしているわ』
違う。そんな話をしたいのではない。ただ悲しみをぶつけ合いたいのではなかったはずだ。
少女とリーシェのもどかしさが、不思議とさくらの意識に流れ込んできた。
氷華は天祈に討たれた。リーシェの生家は王家としての機能を失い、しかるべき失権を迫られた。ミゼレッタが、否、リーシェが信頼を寄せられる臣下は、もはや少女のみとなっていた。
リーシェは、少女とたった二人きりで生きているも同然だった。それでなくても、初めから、彼女しかいらなかった。
さくらの頭の中を響き渡るサイレンが、五月蝿い。
この先を見てはいけない。逃げねばならない。だがさくらは夢の中にいるにも関わらず、足が竦んで動けない。
リーシェの物欲しげな唇が、少女の耳に悩ましげな呪文を注ぎ込む。
『リーシェ様……』
甘ったるい少女の声に、また、さくら自身の胸が疼いた。
暗い密室に二人きり、聞こえるものは、木々のざわめきや小鳥の嚶鳴している声くらいだ。
『お許し下さい、リーシェ様。私もう……』
リーシェの片手が持ち上げられるや、少女の唇の質感に顫えた。リーシェが少女の瞳を見上げた。
濡れた黒曜石を想わせられる瞳に、リーシェは、かつて愛した最初で最後の青年の眸に似通った光を見出だしていた。
この夢は、現実にあった過去か?
さくらの中のリーシェは叫ぶ。こんな侍女はいなかった、と。
目覚めは突然やってきた。
さくらは、現実にいる自分の身体が、何かふかふかした所に横たわっていることを知った。
