
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「起きやがれこの──」
「落ち着きなさい、早君!」
頭上を風が通り過ぎた。どこかで聞いた覚えのある男達の声に耳を打たれた。
さくらがはたと飛び起きると、やんちゃなモヒカン頭の少年が、スーツ姿の青年に羽交い締めにされていた。
辺りを見渡す。見知らぬ部屋が広がっていた。
別荘か?部屋には小窓やテーブルやランプはあっても、生活感がまるでなかった。コンセントの差し込み口も見当たらない。
さくらが手元を見下ろすと、たった今まで自分がふかふかのソファに寝かされていたことが分かった。かぎ針編みのレースカバーが、アイボリーのソファと調和している。
さくらは薬を嗅がされて、甚だ乱暴に拉致された。それにしては待遇が悪くない。どういうことだ。
目前では、相変わらず真淵と、そしてスーツ姿の青年が、いさかっている。
「くそっ、テメー暴力女の犬が……っ、放しやがれ!」
「おとなしくしてくれないか?王女は無傷で保護しなければ、俺の目的が泡と帰す」
「ああ?んなこと銀月の旦那は仰ってねぇぜ。捕まえりゃどうだって良いんじゃねぇのか」
「それはお前達のルールだ、早君。俺は王女を華天再興の生け贄になど望んじゃいない」
スーツ姿の青年は、じたばたともがく早を押さえつけながら、さっきから眉一つ動かさない。造作もないということか。
さくらは、二人の会話に付いていけないでいた。だが青年の言う「王女」がリーシェ・ミゼレッタを指していようとは、憶測がついた。それから自分を拉致したのは真淵ではなく、青年の方だということも分かる。海に着く直前、薬を嗅がされて気を失ったさくらの意識の深淵に残ったのが、青年の声だったからだ。
さくらはソファを立ち上がる。
スーツ姿の青年が、真淵に手を上げるのをやめた。
「人と待ち合わせしているんです。ですからあの……、失礼して良ろしくて」
もっともカイルとの待ち合わせ時間は過ぎている。
分かっていたが、さくらは今からでも海に戻るつもりだ。
青年の底知れない黒い瞳に、刹那、愉悦の光がちらついた。
「待ち合わせの相手とは、恋人ですか?」
さくらの胸が跳ね上がる。
青年に張りつく仮面の笑顔が深まった。
