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青い桜は何を願う

第9章 かなしみの姫と騎士と


「いただきます。…──ん、美味しい!私、フルーツやハーブのお茶が大好きなの。毎日飲むわ」

「それは奇遇だ。さくらちゃんと私、お揃いの香りを楽しんでいたなんて。このお茶には私の大切な思い出が詰まってるから」

「大切な思い出?」

「聞いてくれる?それでさくらちゃんが妬いてくれたらなぁって、ずるいこと考えているかも知れないよ……私」

「ふふ、莢ちゃんったら。私、妬くとしつこくてよ」

「構わない、貴女なら。本望だ」

「───…」

 こんなにもロマンチックな昼餐は、さくらが今日まで生きてきた中で、きっと最上級だ。
 莢と咲かせる話の花は、どれもが極上の桜の蜜の芳香の如く甘かった。
 どんなデザートも莢の魅力に敵わない。今のさくらには、莢と二人で過ごせるこのひとときに優る甘味など、ありえない。
 蒸し鶏も野菜もあっと言う間に平らげた。さくらはスコーンの最後の一口を味わうと、胸も腹もいっぱいだった。
 紅茶のお代わりを勧めてくれた莢の厚意に甘える。
 カップに、再びひんやりとした綺麗な液体が注がれた。本当はもうお茶も飲めないほど満腹だったが、莢の淹れてくれたお茶だと思うと、断るなんてもったいなかった。

「料理も上手くて紅茶も美味しい。莢ちゃんって女子力あるわ」

「私、可愛げないってよく言われるよ」

「うーん……。それは莢ちゃんが格好良いから、じゃなくて?」

「いつか、さくらちゃんの紅茶……飲みたいな」

「え、あ……い、いつかと言わずに明日にでもっ」

 気まぐれに始まった莢とのデートは恋のスタートラインだ。
 いつの間にか、さくらは信じきっていた。余計な思考を許せるだけの余裕はなかった。

 だからさくらはこの時も、無邪気な気持ちで莢に笑った。莢との次の約束を、根拠もなく信じていた。

 確信にも近かったのに。

「さくらちゃんのこと、私忘れない」

 一瞬、聞き違いかとさくらは思った。
 それではともすれば別れの科白だ。

 さくらの心臓が波打った。

 もっとも、さくらが莢の事情を知ろうと知るまいが、駄々をこねようとこねまいが、きっと何も変わらない。莢の心は決まっていたのだ。

 さくら自身が、莢に拒まれる理由を一番分かっていたはずだ。

 分かっていても、もう何にも嘘をつきたくない。
 さくらは、莢にも自分自身にも、運命にも向き合いたい。

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